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松井秀喜引退、悲しみよりも祝福を
“ゴジラ”がニューヨークにもたらした幸せ

12月27日は一時代が終わった日

スタートの地・ニューヨークでの記者会見で、現役引退を表明した松井
スタートの地・ニューヨークでの記者会見で、現役引退を表明した松井【写真は共同】

 一時代が終わった日――。スポーツ界では使い古されたフレーズであるが、特に日本人である私たちにとって、米国時間の12月27日(日本時間28日)は紛れもなくそう呼ぶにふさわしい1日だったのだろう。


「私、松井秀喜は、本日をもちまして20年間に及ぶプロ野球人生に区切りをつけたいと思います。20年間、応援をしてくださったファンの皆さんに感謝の気持ちを伝えたいと思います」


 ニューヨークのミッドタウンで行われた記者会見で、松井は一言一言かみ締めるように言葉をつないだ。その声は、いつにも増してか細いもの。当初は涙をこらえているのかと思えたが、久々に公式の場に出てきた緊張もあったのだろう。時間が経つにつれて、いつも通りの穏やかな表情に戻っていった。


「チャンスをもらいながら、今季の結果が振るわなかった。これが(引退を決めた)一番大きな要因です。命懸けでプレーし、メジャーという場で力を発揮するという気持ちで10年間やってきたが、結果が出なくなったことで命懸けのプレーも終わりを迎えた」

引退は“椅子取りゲーム”に勝てなくなった結果

 そんな言葉通り、区切りの10年目となった2012年は松井にとって苦しい1年だった。開幕までに所属先が決まらず、4月30日にやっとレイズと契約。5月29日にメジャー昇格も、34試合で打率1割4分7厘、2本塁打、7打点と散々な成績に終わり、7月25日に戦力外通告を受けた。


 両膝に爆弾を抱える38歳。外野守備にはつけても、そのスキルはメジャーでは最低レベルで、打撃成績もここ3年は下降線をたどる一方だった。これだけ悪い条件が重なれば、次の所属先など簡単に見つかるはずもない。


「野球が好きなんで、プレーしたいという気持ちはあった」と松井本人も未練があったことは認めている。日本復帰は考えられなかったとしても、米国の球団から現実的なオファーがあればおそらくそのチャンスに懸けていたのではないか。日本が生んだ最高の長距離打者の引退は、最終的には、加齢とともに“全米が舞台の椅子取りゲーム”に勝てなくなった結果と言っていい。


 ただそれでも、メジャーリーガーとして、特にヤンキース時代の松井の活躍が見事だったこと、そしてその野球人としての軌跡が素晴らしかったという事実が変わるわけではもちろんない。

杉浦大介
杉浦大介
東京都生まれ。日本で大学卒業と同時に渡米し、ニューヨークでフリーライターに。現在はボクシング、MLB、NBA、NFLなどを題材に執筆活動中。『スラッガー』『ダンクシュート』『アメリカンフットボール・マガジン』『ボクシングマガジン』『日本経済新聞・電子版』など、雑誌やホームページに寄稿している。2014年10月20日に「日本人投手黄金時代 メジャーリーグにおける真の評価」(KKベストセラーズ)を上梓。Twitterは(http://twitter.com/daisukesugiura)

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