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女子ジャンプ・フライングガールズが夢の舞台へ (1/2)
山田いずみと渡瀬あゆみ、世界選手権直前インタビュー

2009年2月17日(火)

 ノルディックスキー世界選手権は18日(現地時間)、チェコのリベレツで開幕する。今大会注目されているのは、初めて正式種目となる女子ジャンプ。これまで国際大会では、コンチネンタル杯で女子の種目はあったが、オリンピック、世界選手権、ワールドカップなどの大きな大会を通じては、今回が初めての実施となる。代表選手は、山田いずみ、渡瀬あゆみ(ともに神戸クリニック)、竹田歩佳(北翔大)、伊藤有希(下川ジャンプ少年団)の4人。このなかでも、女子ジャンプの第一人者である山田と、山田とともに長年女子ジャンプ界を引っ張ってきた渡瀬にとって、この世界選手権には特別な思いがある。本番を直前に控えた二人に、話を聞いた。

■第一人者の山田「ジャンプをやってきて本当に良かった」

女子ジャンプ界をけん引する山田いずみ
女子ジャンプ界をけん引する山田いずみ【(C) KOBE CLINIC】

「(世界選手権での女子の正式種目が)実際に決まったときには、奇跡ってあるんだな、と思いました。2007年に札幌で世界選手権があった際にも、そういう話(女子が正式種目になる)はあったんですが、それもなくなってしまったので、今回もないかな、と思っていたのでビックリしました。それと同時に、今までやってきて本当に良かったと思いましたね」

 山田のこれまでのジャンプ人生は、苦難の連続だった。「遊びでやっていたらはまってしまった」と小学1年でジャンプを始め、中学1年で初めてノーマルヒルを飛んだ。それ以来、常に女子ジャンプ界をけん引してきたが、何度も大けがに見舞われてきた。世界選手権での正式種目が決定した07年秋にも大会で転倒し、肝臓損傷の大けがを負った。また、学生時代には今のように女子だけの試合がなく、男子に交じって大会に出場していたため、高校、大学と進むにつれ、除々に男子との筋力差、体格差を感じるようになり、「何を目標にすればいいのか分からなくなってしまった」と、悩んだという。だが、それでもジャンプを続けてこられたのは、ジャンプへの熱い思いと周りのサポートがあったからこそ。
「支えてくれた人がたくさんいたことと、『やはりジャンプが好きだ』、『飛びたい』と思い続けたことが、続けてこられた要因だと思います」

■渡瀬「世界選手権には絶対に出たかった」

父、兄がともにジャンパーという環境で育った渡瀬あゆみ
父、兄がともにジャンパーという環境で育った渡瀬あゆみ【(C) KOBE CLINIC】

 渡瀬は、父が1985年の世界選手権団体6位のメンバーで女子全日本チーム監督の弥太郎氏、兄の雄太も元日本代表と、ともにジャンパーという環境で育ったため、自然とジャンプに触れていった。

「兄の練習を見ていて楽しそうだと思って、始めました。最初は遊びでしたが、もっと飛びたいと思って、小4から試合にも出るようになりましたね」

 そんな渡瀬も、靭帯(じんたい)断裂など度重なる大けがを乗り越え、今回の大舞台を迎える。
「今まで(世界選手権での正式種目は)話題にはなったけど、実現してこなかったので、(聞いた瞬間は)本当かなと思いました。オリンピックではないけど、コンチネンタル杯よりレベルが高い大会ですし、決まった瞬間、絶対に出たいと強く思いました」

 <続く>


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