コラム  
青嶋ひろの
スポーツナビ

優勝の安藤と5位の浅田、明暗を分けた一戦 (1/2)
フィギュアスケート・ロシア杯総括

2009年10月25日(日)

■地力つけた安藤が3年ぶりの優勝

安藤美姫はショートプログラム3位からの逆転優勝を飾った
安藤美姫はショートプログラム3位からの逆転優勝を飾った【写真は共同】

 まずは安藤美姫(トヨタ自動車)の3年ぶり、2回目のグランプリシリーズ優勝を心から喜びたい。
 ショートプログラムで挑戦した3回転−3回転ほか、エレメンツの成熟度、またプログラムの作品としての完成度。ともにまだまだ本人も満足していないレベルではあった。しかし、五輪に向けてしっかり気持ちを定め、迷いを感じずに着実にオフシーズンの練習を積み上げてきた、そんなことが見ているものにも伝わる一戦だったと思う。

 特にフリープログラムの『クレオパトラ』に関しては、記者会見で海外メディアも興味を持ってその背景を聞きたがるほど、印象深い作品だ。エキゾチックな動き、鋭い目線、スパイラルなどで美しいポジションをキープするときに見せる、ぞくっとするような体のライン。安藤の持つ女性としての魅力を全開にするプログラムを、振付師のリー・アン・ミラーとニコライ・モロゾフコーチは作り上げた。ステップのスピードなどはなく、未だ少し迫力不足ではあるが、完成形を早く見たいと思わせるプログラムだ。他選手のミスに少し助けられた感はあるが、全力を出せなかった試合でもきっちり優勝できるだけの地力もついてきた。
「メダルがあるのとないのとでは、次の試合に向かう気持ちが違います。優勝してうれしいというより、少しほっとしました(笑)。でも滑りは決して良くはなかった。ジャンプは失敗してしまったし、ステップはまあまあいい動きができたけれど、スピードがなかった。だから課題をうまく見つけられた試合だったと思います。NHK杯ではもっと自分らしく、もっといい演技をしたい」(安藤)

 4年とは、かくも長いものなのか、と思った。4年前、トリノ五輪を前にしたシーズンも、グランプリシリーズはくしくも同じ、ロシア杯とNHK杯。しかし当時は、次の五輪シーズンをこれほど人間としてもアスリートとしても心を成長させて迎えるとは思わなかった。
「一度味わっていますから(笑)、落ち着いてシーズンに臨めています」と語った、4年間かけて成長した安藤が、女子シングルのチャンピオンとなった。

■深刻な浅田の不調、問題は気持ちの部分

 一方で誰もが肩を落としたのが、浅田真央(中京大)だ。ある程度の不調を予測をしていた者でさえも、これほど深刻な結果になるとは思わなかった、グランプリシリーズ5位という成績。
 フリープログラム当日、公式練習での浅田は不調の影などみじんもなかった。練習で見せた『鐘』はこんなに良い作品なのかと驚くほど、ドラマチックで力強く、すごみのあるプログラムだった。ジャンプはほぼトリプルアクセルの練習に終始していたが、助走にもスピードがあり、回転も美しい“浅田のトリプルアクセル”が、朝の時点では何度も跳べていた。プログラムはしっかり自分のものにしているし、ジャンプも問題なく跳べる。そんな選手が、なぜ本番であそこまで崩れてしまったのか?

 やはり浅田の気持ちの部分、そこだけが万全ではないのだろう。復活を果たした男子シングルのエフゲニー・プルシェンコ(ロシア)は、「もう一度金メダルを取りたい」ときっぱり言ってのけた。まっすぐに進んでいくべき目標があり、少しもそこへ向かう心はぶれていない。特に五輪の金メダルにこだわらないという安藤もまた、「体のことも、環境のことも、余計な心配をしなくてすんでいます。きっとただただ、楽なんだと思います」と語る。浅田だけではなくプルシェンコも安藤も、この特別なシーズンを乗り切っていくに際し、不安でいっぱいなのだ。しかし両者はあふれ出る不安を抑えるすべを、それぞれに心得ている。着実に経験を積んできた、20代の選手だからこそできることだ。
 
 スーパーアスリートとはいえ、浅田もまだ19歳。今がまだ難しいのならば、ゆっくり時間をかけてそこまでたどりつけばいいと思う。何といっても待ちに待った五輪シーズン、人は国民のアイドルが金メダルを取る姿を見たいと願うだろう。でもそれは、今シーズンでなくてもいいのではないだろうか? 安藤も、中野友加里(プリンスホテル)も、荒川静香(トリノ五輪金メダリスト、現解説者)も、輝きを得る前に、本当に大きな壁にぶつかり、自分を探すため、自分を守るために、長い間苦しんできた。浅田も彼女の魅力を最大限見せられるようになるのは、このシーズンの後かもしれない、と思う。

「ジャンプの跳び方を、もう一度見直してみようと思います。気持ちの面も、自分の中でしっかり整理した方がいいと思います」(ショートプログラム終了後、浅田のコメント)
 いつまでもかわいいお人形のようだと思っていたが、心の中は大きな音を立てて大人になりつつある。
 なぜ自分が跳べないのか? なぜ気持ちが小さくなってしまうのか? 浅田は今、必死に考えているところだ。私たちは焦らず、彼女がひとつ自分の弱さを乗り越えるその時を、ゆっくり待つところではないだろうか。
 大きなプレッシャーと、責任感と、どうしようもない不安の中で、このまま浅田がスケートを嫌いになってしまう。そのことだけは、何があっても避けたい。

 <続く>


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