2004年世界選手権で日本人3人目の金メダルに輝くなど、トリノ五輪代表選手の中でも一歩抜けた実績を誇る。「しーちゃん」の愛称で呼ばれ、166センチの長身から繰り出される迫力あるジャンプ、日本人離れした長い手足を生かした世界屈指のキャッチフットスパイラルを武器とする。小学校3年で3回転ジャンプを成功させるなど早くから頭角を現し、1994、1995、1996年と全日本ジュニア選手権を3連覇。1997年にシニアへ転向すると、いきなり全日本選手権を制し、16歳で1998年長野五輪代表に選ばれる。本番では13位に終わるも、4年後の飛躍を大いに期待されていた。だが、長野五輪後にスランプに陥り、村主章枝との代表争いに敗れ、2002年ソルトレークシティー五輪への出場権を逃すという試練を味わった。
しかし、2003年から練習拠点を米国へ移すと、この年のユニバーシアード、冬季アジア大会を連続で制し、見事な復活を遂げる。そして、2004年の世界選手権ではフリープログラムで3回転−3回転−2回転のコンビネーションを含む7種類の3回転ジャンプをすべて成功させ、技術点でめったに出ない満点の6.0を獲得して世界チャンピオンとなった。トリノ五輪を競技生活の集大成とする荒川。2005年は世界選手権で9位にとどまったほか、今季のグランプリ(GP)シリーズでも中国、フランス杯ともに3位と精彩を欠き、ファイナル出場も逃した。しかし何とか調子を取り戻し、12月の全日本選手権では村主に続く3位。2大会ぶりの五輪出場を決めた。トリノの大舞台では、貫禄の演技で大輪の花を咲かせてほしい。