メッシは北京に行けるのか
決断を迫られる五輪サッカー
■五輪サッカーの特殊な年齢制限
8月6日、開会式に先立って北京五輪のサッカー競技がスタートする。だが、男子の招集メンバーに関しては、今回も誰が出場するのか直前まで議論を巻き起こしそうだ。欧州の主要リーグは五輪開催中に新シーズンを迎えるが、クラブが所属選手の代表参加、特にオーバーエージ(OA)枠の選手を送り出すことに難色を示しているからである。
五輪の男子サッカーは現在、23歳以下の選手と3人までの24歳以上のOA枠選手の出場が認められている。1992年のバルセロナ五輪からプロ選手が解禁になったのと同時に、参加資格に「23歳以下」という制限が設けられ、96年のアトランタ五輪からOA枠が採用された。これはFIFA(国際サッカー連盟)がワールドカップ(W杯)というプロ選手による最高峰の世界大会を唯一無二のものにしたいという思惑があるためである。ちなみに、84年のロサンゼルス五輪では、欧州・南米のW杯出場経験者を除くプロの参加が認められていた。
88年のソウル五輪におけるサッカーは一つのハイライトだった。その4年前のロサンゼルス五輪ではソビエト連邦(当時)をはじめとする東欧諸国が、80年のモスクワ五輪では米国を筆頭に西側諸国が参加をボイコットしたため、12年ぶりに東西の強国が顔をそろえた。ソ連はミハイリチェンコやドブロボルスキを擁し、ブラジルを倒して金メダルを獲得した。そのブラジルは、米国で開催された94年のW杯を制したが、2年後のアトランタ五輪では準決勝でナイジェリアに屈して銅メダル。ベベット、リバウド、アウダイールがOA枠で出場し、ロナウドやロベルト・カルロスもいた豪華布陣だった。W杯では5度の優勝を誇るブラジルも、五輪ではいまだ金メダルと無縁である。
■FIFAの抱える矛盾
FIFAは7月10日付の各国クラブに宛てた文書で、23歳以下の選手の北京五輪に向けた代表招集に応じるよう通達している。一方、OA枠の選手については必ずしもクラブが選手を差し出す義務はないが、FIFAのブラッター会長は「五輪精神」にのっとり、各クラブができるだけ招集に応じるよう促している。
FIFAの主催ではない五輪における選手の参加義務は、法的に効力を持つものではない。世界のサッカー界で、経済的にもリーグの発展においても優位に立つ欧州のクラブからしてみれば、シーズン開幕のチーム作りの重要な時期に主力選手を欠くことは大きな痛手である。これまでも、かつて多大な影響力を持ち、FIFAとも対立していたG−14(欧州のビッグクラブによる連合体。08年1月に解散)は、選手の招集に反対の立場を表明していた。
しかし矛盾するようではあるが、FIFAも選手を各国代表に送り出すことに大賛成というわけではない。前述のように、FIFAにとって最大の収入源はW杯である。五輪が今以上に発展すれば、W杯の脅威になりかねない。サッカーがバスケットボールやバレーボール、野球のようにプロ選手の参加を全面的に認めれば、W杯と五輪は同等の大会となり、W杯の持つ価値が損なわれてしまうだろう。だからこそ、FIFAは“23歳以下”の制限とOA枠を設けることで、IOC(国際オリンピック委員会)と互いに譲歩したのだ。
それでも、欧州のクラブにとって受け入れがたい状況であることに変わりはない。いまや23歳以下のスター選手は数多く存在する。だが、特に南米の選手にとって五輪は重要な大会であり、本人が出場を希望するケースが多いことも問題を複雑にしている。
■メッシをめぐる協会とバルサの駆け引き
その典型的な例は、間違いなくバルセロナ所属のアルゼンチン代表リオネル・メッシである。6月に21歳の誕生日を迎えたストライカーは、かねてより五輪への思いを口にしてきた。そしてカタルーニャのクラブも、以前はメッシの北京五輪参加を反対していたわけではない。態度を変えた背景には、チャンピオンズリーグ(CL)予備戦の存在がある。バルセロナもまさか自分たちが2007−08シーズンをレアル・マドリー、ビジャレアルに次ぐ3位で終え、8月に行われるCL予備戦3回戦への参加を余儀なくされるとは考えてもいなかっただろう。リーグ開幕を前にシーズンをスタートさせなければならなくなったバルセロナは、チームの中核を担うメッシを欠いて戦うことを了承していない。万一、予備戦でふがいない試合でも見せようものなら、ファンも納得しないからだ。
とはいえメッシは23歳以下であり、AFA(アルゼンチンサッカー協会)もバルセロナにメッシを代表チームに引き渡すよう再三にわたって要請している。アルゼンチン代表にとっても、五輪連覇に向けてメッシは譲れない存在だからだ。この綱引きはギリギリまで続くことになるだろう。
いずれにしても、FIFAとIOCは今後の五輪サッカーの在り方について、はっきりとした態度を示すことが必要だ。ビジネスを最優先するならば、五輪の参加年齢を引き下げて、20歳以下の大会とすることも一つの手だろう。世界では年々スター選手の低年齢化が進んでおり、今回のメッシのケースのように、23歳以下ではクラブの同意を得られにくくなっているからだ。
数カ月前にAFAの会長は「本音を言えば、北京へU−17代表で行きたいぐらいだ。将来に向けても価値のあることだろう」と語っていた。しかし、その後こう付け加えた。
「しかし、ブラジルとのライバル関係もあるし、この国は金メダルを獲得する義務がある。だからアルゼンチンは23歳以下の選手を中心にベストチームを作るのだ。たとえブラジルがわれわれのレベルに達していなくても、アルゼンチンは最高のチームで北京五輪に臨む」
こうした例を挙げるまでもなく、五輪のような世界中の人が注目するビッグイベントに、多くのチームが持ち駒をそろえながら、年齢やクラブによる制約によって“ベストメンバー”で参加できないのは残念なことだ。今回も欧州のクラブの多くが所属選手を囲い込んでいる。だがスポーツ面のみならず、ほかの競技の選手たちと交流するという経験の観点から見ても、このような重要なイベントに選手を参加させないのはいかがなものか。一つの大会に多くの競技の選手が集う――こんな幸運な経験ができるのは限られた人だけなのだから。
<了>
セルヒオ・レビンスキー/Sergio Levinsky
アルゼンチン出身。1982年より記者として活動を始め、89年にブエノス・アイレス大学社会科学学部を卒業。99年には、バルセロナ大学でスポーツ社会学の博士号を取得した。著作に“El Negocio Del Futbol(フットボールビジネス)”、“Maradona - Rebelde Con Causa(マラドーナ、理由ある反抗)”、“El Deporte de Informar(情報伝達としてのスポーツ)”がある。ワールドカップは86年のメキシコ大会を皮切りに、以後すべての大会を取材。現在は、フリーのジャーナリストとして『スポーツナビ』のほか、独誌『キッカー』、アルゼンチン紙『ジョルナーダ』、デンマークのサッカー専門誌『ティップスブラーデット』、スウェーデン紙『アフトンブラーデット』、マドリーDPA(ドイツ通信社)、日本の『ワールドサッカーダイジェスト』などに寄稿
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