及川彩子
スポーツナビ

世界新連発スプリンター、ウサイン・ボルト
北京五輪 注目外国選手紹介

2008年7月16日(水)

■専門外の100mで世界新

5月31日、ニューヨークで行われたリーボックGPで男子100mの世界記録9秒72を出したウサイン・ボルト。その勢いは止まらない
5月31日、ニューヨークで行われたリーボックGPで男子100mの世界記録9秒72を出したウサイン・ボルト。その勢いは止まらない【Photo:ロイター/アフロ】

 5月3日にジャマイカのキングストンで行われたジャマイカ国際の100mで9秒76(+1.8m)で優勝し、陸上界に新風をもたらしたウサイン・ボルト(ジャマイカ)。だが、それから1カ月も経たない5月31日のリーボックグランプリ(GP)では、世界選手権大阪大会(以下、世界陸上)で短距離3冠を達成しているタイソン・ゲイ(米国)と直接対決し、9秒72(+1.7m)の世界最高記録を出して圧勝し、世界を驚かせた。

 レース後、「どの時点で勝利を確信しましたか」という質問に対し、「確信したのは50mくらい。でも、ブロックを蹴って1歩目でタイソンより速かったので、勝てると思った」と表情一つ変えずに話したのが印象的だった。
 9秒7台の連発、そして世界新記録樹立で、ジャマイカ国内での北京への期待も高まっている。本人は100m、200mの両種目の出場を熱望しているが、ジュニア時代から教えるミルズコーチは「2種目狙うか、200mだけにするかは私が決める」となかなか首を縦に振らない。
 6月下旬に行われたジャマイカ選手権では、両種目に出場し、100mは9秒85(−0.1m)の好タイムで、9秒97の前世界記録保持者のアサファ・パウエル(ジャマイカ)を破り、代表に内定。また200mも2位以下に0.20秒も差をつける19秒97(+1.7m)で圧勝し、2冠を獲得した。
 7月13日に行われたアテネGPの200mでは、世界歴代5位、今季世界最高となる19秒67(−0.5m)を出すなど、その勢いは止まらない。調整やコンディション次第では、五輪の間際になって200mだけに絞ってくる可能性もあるが、現在の状態を見ると右肩上がりの絶好調。けがなく五輪に臨み2冠に挑戦した場合、いとも簡単に2冠を獲得する可能性はかなり高い。 

■ジュニア時代から世界で活躍

 元々は200mを専門とする選手で、昨年の世界陸上ではゲイには遅れをとったが、19秒91で2位に入り、シニアの世界大会で初のメダルを獲得した。昨年は、まだ欲がなかったのか大阪の決勝後、苦笑しながら「今のタイソンに勝つなんてムリムリ」とあっけらかんとしていた。記者会見にも笑顔で登場し、3位に終わり、悔しさで涙目になっているウォラス・スピアモン(米国)を横に、ゲイと冗談を飛ばしていた。その表情には負けた悔しさなど微塵(みじん)も感じられなかった。

 今年22歳になるボルトだが、陸上の経歴は華々しい。地元・ジャマイカのキングストンで行われた2002年の世界ジュニアに、15歳の若さで出場し、年長の選手を抑えて優勝し、世界デビューを飾った。また17歳の時には、10代選手初となる19秒台を出すなど、将来が期待されていた。だが、その後、けがなどの影響もあり、しばらく伸び悩んだ。2004年のアテネ五輪、2005年のヘルシンキ世界陸上では自己記録ではメダル圏内だったにも関わらず、惨敗している。
 今季の飛躍の理由として、「冬季練習の間、高い目的意識を持って練習したから」と話す。コーチに「目標を持ってしっかり練習しろ」と叱責(しっせき)されたとも言う。
「去年はタイソンに勝てる気がしなかったけど、今年は違う。新しい年で、新しい自分なんだ」
 今季は、「ゲイに胸を借りる」のではなく、「挑んでいくレース」をするつもりだ。

■プレッシャーをはねつける精神力

 母国ジャマイカの国民的スポーツは、「サッカーと陸上」というだけあって、国民の関心度は高い。ごく普通の人でも陸上について語れるほどの知識を持つ。それだけに「ボルト、北京で2冠」は、国全体の希望といってもいいほどの状況だ。
 ボルトにかかるプレッシャーは大きいが、本人は「期待が大きいのはいつものこと。慣れてるよ」と気に留めていない。
「ジャマイカが大好き。寒いところでなんか走れない。去年の大阪は暑かったね。北京も似たような天候なんでしょ。僕にぴったりだね」
 北京五輪、陸上男子200mの決勝が行われるのは8月20日。ボルトはその翌日に22歳の誕生日を迎える。五輪2冠で最高の誕生日を迎えられるのかどうか、注目だ。

<了>

及川彩子

スポーツライター。駒沢大学卒業後、MBA取得のため渡米したものの、ボールパークの芝生の美しさに魅了され、スポーツライターに転身。現在、ニューヨークを拠点に、メジャーリーグ、マイナーリーグ、サッカー、陸上、ゴルフ、障がい者スポーツなどの取材、執筆を行う。ニューヨークシティマラソンで障がい者ランナーの伴走をする女性を描いた「伴に走る」で2006年さいたま市スポーツ文学賞の大賞受賞。天然芝を見ると走りだす癖を持つ
http://www.plus-blog.sportsnavi.com/usako-chan/

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