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五輪史上初の社会主義国家での開催となった今大会、ソビエト軍のアフガン侵攻に対する抗議として、アメリカのカーター大統領がボイコットを表明、アメリカの呼びかけは世界を二分する国際政治問題に発展しボイコットする国が続出。結局、国際五輪委員会(IOC)加盟145カ国のうち、81カ国にとどまった。五輪が政治にほんろうされ、利用された大会であった。
日本国内でも政府を巻き込む大きな問題となり、日本五輪委員会(JOC)は5月24日の臨時総会で29対13(棄権2)で不参加を決定、柔道・山下泰裕らの必死の訴えは実ることなく246人の選手団の派遣は見送られた。イギリスなど、ボイコットの趣旨には賛同しながら、各国内の五輪委員会の決定を尊重して参加した国もあった。これらの国は、開会式で国旗を用いず五輪旗や各国五輪委員会旗を代用して参加した。
今大会は西側諸国が参加しなかったこともあり、ソ連と東ドイツがメダルを独占。そんな中、陸上の男子中距離、イギリスのセバスチャン・コー、スチーブ・オベットの2人の金メダルはキラリと光るものであった。
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【EPISODE エピソード】
五輪旗で参加したイギリス選手の活躍
西側諸国が大会をボイコットする中、国旗ではなく五輪旗を使用しての参加となったイギリスの陸上中距離選手、スチーブ・オベットとセバスチャン・コーの活躍は大会を通じて最も印象に残る話題のひとつであった。本来、オベットは1500メートル、コーは800メートルが得意な選手であったが、実際にはコーが1500メートルで激しいレースの末、オベット、東ドイツの選手を抜いて金メダル、一方のオベットも800メートルでコーを退けて優勝した。
閉会式での『ミーシャ』の涙
8月3日夜、レーニン中央スタジアムで行われた閉会式のバックスタンド、4500人の人文字で表現された今大会マスコット、子グマの『ミーシャ』の目から大粒の涙がこぼれ落ちた。その涙はもちろんお別れを惜しんでの表現であったのだろうが、観客には「なぜもっと多くの国々の選手が出場してくれなかったの」という悲しみの涙にも見えたという。閉会式中、「ロサンゼルスで会いましょう」の文字は最後まで現れなかった。
| ■メダル獲得ランキング |
| 順位 |
国名 |
金 |
銀 |
銅 |
合計 |
| 1 |
ソ連 |
80 |
69 |
46 |
195 |
| 2 |
東ドイツ |
47 |
37 |
42 |
126 |
| 3 |
ブルガリア |
8 |
16 |
17 |
41 |
| 4 |
キューバ |
8 |
7 |
5 |
20 |
| 5 |
イタリア |
8 |
3 |
4 |
15 |
| 6 |
ハンガリー |
7 |
10 |
15 |
32 |
| 7 |
ルーマニア |
6 |
6 |
13 |
25 |
| 8 |
フランス |
6 |
5 |
3 |
14 |
| 9 |
イギリス |
5 |
7 |
9 |
21 |
| 10 |
ポーランド |
3 |
14 |
15 |
32 |
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