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五輪の歴史 History of the Olympic Games
1904年 セントルイス大会
セントルイス大会
 第3回目の五輪の開催地は、アメリカからシカゴとセントルイスが立候補、一度はシカゴに決定したが、財政難により「万国博覧会」の付属大会としてセントルイスで開催されることになった。初のアメリカ開催となったこの大会は、当時の交通事情を考えると欧州諸国から遠過ぎた為、16競技87種目に13カ国681人が参加と選手数が大きく減少、選手の質・量ともにアメリカ色の強い大会となった。

 陸上競技60メートル、100メートル、200メートルの3種目を制し、文字通り“最速の男”のアーチー・ハン、跳躍系3種目を制したレイ・ユーリーを筆頭に、全体でも78個の金メダルを獲得、アメリカ選手の活躍が際立った。また、異常な暑さの中、舗装もされていないコースでマラソンが行われ、その中で五輪史上でも最も奇妙な事件の一つ、「キセル・マラソン事件」が起きた大会でもあった。

 主体性を失い2大会連続の付属大会になったことで、クーベルタン男爵の落胆は大きく渡米さえしなかったと言われる。また、アメリカの整備されたスポーツ施設や用具、練習方法などは、技術の向上という面で世界のスポーツ関係者にとって革命的に収穫が大きく、意義のある大会でもあった。


セントルイス大会
【EPISODE エピソード】

マラソンでの“キセル”発覚

 猛暑の中で行われたマラソンの最中、先頭を走っていたアメリカのフレッド・ローツ選手が、フルマラソンの途中で極度に疲労、力尽きて道端にひっくり返ってしまった。そこに通りかかった車を運転していた男から声をかけられたローツは車に乗ってしまい、車がエンストするメインスタジアムから8kメートルの地点から再び走り出し、大歓声の中、1着でゴールしてしまう。しかし、直後に事実が発覚し、ローツは罵声とともに永久追放となった。これが有名な「キセル・マラソン事件」である。ローツの代わりに繰り上げ優勝となったトーマス・ヒックス、しかし彼も興奮剤を飲んでいたと言われており、現在のようなドーピング・システムが確立されていたら、メダルを剥奪されていた可能性が高い。

セントルイス大会

川での水泳

 この大会の水泳競技は、なんと川で行われた。


■メダル獲得ランキング
順位 国名 合計
1 アメリカ 77 81 78 236
2 ドイツ 4 4 5 13
3 キューバ 4 2 3 9
4 カナダ 4 1 1 6
5 ハンガリー 2 1 1 4
6 イギリス 1 1 0 2
7 ミックスチーム※ 1 1 0 2
8 スイス 1 0 1 2
9 ギリシャ 1 0 1 2
10 オーストリア 0 0 1 1
※ミックスチームとは、五輪初期の頃のチーム競技で、国籍の違う選手が組んで出場したチームのこと。


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