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コラム  

ベルリンには行けないけれど
(7月4日@ドルトムント)

2006年07月05日

■ベルリンか、それともシュツットガルトか

巨大なカップを掲げるドイツのサポーター。ベルリンへの道は残念ながら断たれてしまった
巨大なカップを掲げるドイツのサポーター。ベルリンへの道は残念ながら断たれてしまった【 photo by 宇都宮徹壱 】

 ドルトムントで行われる、ドイツ対イタリアの準決勝。幸いにして今回は、メディア・チケットを手にすることができた。記者席に座れるのは、実に8日ぶりのことである。
 試合開始3時間前にはチケットを受け取り、それからカメラ片手にスタジアム周辺をぶらぶら歩いてみた。時おり「ドイッチェラン!」「イッターリア!」の掛け声は聞こえてくるものの、全体的な印象として、両サポーターとも実に淡々としている。試合前から盛り上がるサポーターを、何とかカメラに収めようとテレビクルーが煽ってみても、反応は今ひとつ。特にドイツのサポーターは、この日の試合の難しさを十分に理解しているのか、いつもの無邪気さが感じられない。

 準決勝の相手がイタリアに決まってから、ドイツのテレビ局は事あるごとに、過去のワールドカップ(W杯)での両者の対戦映像を流していた。最後に戦った1982年スペイン大会決勝(3−1)、そして延長戦での大激闘となった70年メキシコ大会準決勝(4−3)。この2試合を含めて、W杯での両者の対戦は4回を数えるのだが、結果はイタリアの2勝2分け。ドイツが過去の大会で、複数回対戦している国のうち、唯一負け越しているのが、実はイタリアなのである。セミファイナルを前に「ベルリンへ行こう!」は、今やドイツ国民の合言葉となっている。だが、そのためには、目前に立ちふさがる青い壁を乗り越えなければならない。ベルリン(決勝)か、それともシュツットガルト(3位決定戦)か。すべては、このイタリア戦に懸かっているのである。

 今大会、初めて生で見るイタリアは、これまで見たどのチームよりも、安定感と攻守のバランスに富む好チームであった。グループリーグでは、いろいろとシステムを変化させていたようだが、今日の布陣は4−4−1−1。1トップのトーニの下にトッティを配し、さらにその下にいるピルロが、絶妙なスルーパスと正確無比のセットプレーからチャンスを演出。右MFのちょんまげ頭、カモラネージは切れ味鋭いドリブルで相手陣内をかき回し、右のザンブロッタ、左のグロッソの両サイドバックが積極果敢に攻め上がる。

 カモラネージ対ラーム、グロッソ対フリードリッヒ、そしてガットゥーゾ対バラック。それぞれのマッチアップでは、常にイタリア側が優位に立ち、ドイツは防戦一方であった。何とかカウンターで活路を見いだそうとするも、前線のクローゼとポドルスキーに決定的なパスが届くことはなかった。先のアルゼンチン戦終了後の暴力行為が原因で、パスの供給源であるフリンクスが出場停止となったのは、ドイツにとって痛かった。
 結局、90分間を終えても両者はスコアレスのまま。試合は延長戦に突入する。

■何とかPK戦に持ち込めれば……

全身青一色のイタリア・サポーター。今大会のイタリアは、最も完成度が高いチームの1つ
全身青一色のイタリア・サポーター。今大会のイタリアは、最も完成度が高いチームの1つ【 photo by 宇都宮徹壱 】

 息を飲むような一進一退の攻防は、延長戦になっても途切れることはなかった。
 延長前半1分、途中出場のジラルディーノが、右サイドを抜け出してDFをかわし、そこから中に切れ込んで左足から放ったシュートは、ぎりぎりポストに当たって逆サイドに流れる。さらに2分後、今度はピルロの右からのコーナーキックから、ドイツのクリアボールをザンブロッタが蹴り込むが、今度はクロスバーにはじかれてゴールの上に外れる。これらの強運に加えて、この日のドイツは守護神レーマンが神懸かったセーブを連発。しかも、ピルロが放つ際どいコーナーキックを、勇気ある飛び出しで何度もキャッチするなどして、何度もピンチを未然に防ぐ活躍を見せていた。

 延長後半、スタンド全体が「ベルリン! ベルリン!」のコールで包まれる。どんなに圧倒されても、とにかくここまで来たんだ。みんなで一緒にベルリンに行こう。そんな悲痛にも似た思いが「ベルリン!」のコールにはみなぎっていた。
 攻守で力の差を見せつけるイタリアに対し、ドイツが勝機を見いだすとするなら、このまま無失点で乗り切ってPK戦に持ち込むしかなかった。ドイツは先のアルゼンチン戦も含め、これまでW杯で4回PK戦を戦い、これまで一度として敗れたことはなかった。対するイタリアは、3回のPK戦でいずれも敗退。その中には、94年大会のブラジルとのファイナル、そして90年大会のアルゼンチンとの準決勝も含まれる。いうなれば、PKはイタリアにとって鬼門であり、トラウマであった。ゆえに、残り15分を凌ぎ切れば、今度はドイツが精神的優位に立つことができる――。

 だが、その願いははかなく、無残に打ち砕かれることとなった。
 延長後半、残り1分。イタリアはコーナーキックのチャンスから、ドイツのクリアボールをピルロが拾ってペナルティーエリア右にスルーパスを送る。これをグロッソが左足ダイレクトでシュート。弾道はレーマンの指先をわずかに越えて、逆サイドのネットに突き刺さった。イタリア、先制。ついにゲームの均衡が破られた。

 しかし、まだすべてが終わったわけではない。クリンスマン監督が両手を大きく振って、全員に「あきらめるな!」と反撃を命じる。しかし、そこからイタリアは抜け目なくカウンターを狙ってきた。ロスタイム1分、ジラルディーノがペナルティーエリアに入り、DFを引き付けてからパス。これを裏に走り込んできたデルピエロが、レーマンの動きを冷静に確かめながら、右足でループ気味のゴールを決めた。これで2−0。途中出場の2人による鮮やかなコンビネーションで、イタリアは追いすがるドイツに引導を渡す。感極まった表情でガッツポーズを繰り返すデルピエロ。崩れ落ちるようにひざを落とすドイツイレブン。直後に、タイムアップのホイッスルが鳴った。
 この瞬間、イタリアの3大会ぶりの決勝進出が決まった。と同時に、ドイツのベルリンへの夢は、ついに断たれることとなった。

■一緒に行こうよ、シュツットガルトへ!

 多くのドイツ人サポーターと同様、私もしばらくの間は放心状態で動けなくなっていた。確かに延長終了間際のイタリアの電光石火とでもいうべき2ゴールは、ものすごいインパクトがあった。だが、それ以上に、ドイツがファイナルに進出できなかったショックの方が、私には大きかった。というのも、今大会を通して私は、知らず知らずのうちにドイツに対して、少なからぬシンパシーを抱くようになっていたからである。

 思えば5月30日の日本とのテストマッチ以来、私はずっとこのチームを見続けてきた。大会を直前に控えた調整試合では、日本相手にホームで2点リードされたり、コスタリカとの開幕戦でも、ワンチョペ1人に2失点を喫したりと、最初は「ホスト国なのに、大丈夫かいな」と、他人事ながら妙に心配していたものである。

 だが、日本がグループリーグ3試合で大会を去り、お気に入りの東欧諸国も次々と姿を消していく中、クリンスマン監督率いるドイツは、試合を重ねるたびに成長し、自信を深め、たびたび劇的な勝利を収めるまでになった。そして「ベルリンへ行こう」という、ファンとの約束を果たすべく奮闘する彼らの姿を見るにつけ、いつしか私はドイツに、いとおしいような感情すら抱くようになっていたのである。
 それまで、私にとってドイツといえば、いささか凋落(ちょうらく)傾向にあったとはいえ、それでも強いだけが取りえの面白みのないチームでしかなかった。だが、今大会に関していえば、彼らはチャレンジするチームであり、夢見るチームであり、成長を続けるチームであった。ゆえに、大会が進行していく中での彼らの快進撃に、ついわれを忘れて応援している自分がいたのだと思う。

 そんな彼らの「ベルリンへの旅」は、残念ながら実現することなく終わった。だが、まだ冒険そのものが終わったわけではない。目的地がベルリンから、シュツットガルトに変わっただけの話ではないか。
 興奮と落胆の余韻に包まれたドルトムントの会場には、しんみりと「ユール・ネバー・ウォーク・アローン」が流れていた。そう、君は1人じゃないんだ。一緒に行こうよ、シュツットガルトへ。この冒険の顛末(てんまつ)を、しっかりと見届けてあげるからさ。だから、胸を張って行こうよ、シュツットガルトへ!

<翌日に続く>

宇都宮徹壱/Tetsuichi Utsunomiya
1966年福岡県生まれ。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、欧州を中心に「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旧共産圏のうらぶれたスタジアムと、現地で飲む酒をこよなく愛する。著書に『幻のサッカー王国』『サポーター新世紀』(いずれも勁草書房)、『ディナモ・フットボール』(みすず書房)。自身のWEBサイト(http://supporter2.jp/utsunomiya/)でコラム&写真を掲載中


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