
|

【最終回】 「時代の証言者」としての「総括のための総括」(前編)
|
|
|
2002年大会を見届けた私たちには「時代の証言者」としての責務がある【Photo by 宇都宮徹壱】
|
|
■私に与えられた役割は「正確なクロスボールを供給すること」
サイドから鋭く切り込んで放たれたクロスボールを、ダイレクトでシュート――サッカー観戦において私が最も好むシーンである。
今回の短期連載企画「メディアはワールドカップをどう伝えたか?」で、私に与えられた役割は、それぞれのテーマに応じて「正確なクロスボールを供給すること」であった。そして、シュートを放つのはもちろん、当企画でご登場いただいた6人の回答者の皆さんである。
もちろん、私と回答者とのコンビネーションが、すべてうまくいったとは思わない。タイミングが合わなかったり、ボールの当たりどころが悪かったりする場面も、決して皆無ではなかった。果たして、6本のクロスボールのうち何本が枠に飛んだのか――そのあたりについては、賢明な読者の皆さんのご判断にゆだねることにしよう。
ともあれ私は、回答者の皆さん全員が私のクロスボールに反応し、少なくともシュートの体勢にまでは持ち込んでくれたと確信している。今回、回答者を引き受けてくださった、半田雄一さん、小谷泰介さん、広瀬一郎さん、西部謙司さん、鈴木克依さん、そして湯浅健二さん、本当にありがとうございました。
さて、今回は「メディアはワールドカップをどう伝えたか?」という総括特集について、企画立案者のひとりであり、シリーズを通して「質問者」を担当してきた私・宇都宮の総括をもって締めくくることとしたい。
「総括のための総括」――何やら矛盾をはらんだ言葉のようにも聞こえるが、何事も「やりっぱなし」はよろしくないだろう。この機会に、しばらく慣れ親しんだサイドのポジションから、自らセンターに切り込んでシュートを試みることにしよう。
■40年後の日本人は「日韓共催」をどう捉えるのか
ワールドカップが閉幕して、間もなく2カ月が経過しようとしている。
一方で、このところのサッカー界は目まぐるしく、日々刻々と変化している。
日本に限っても、協会とJリーグの人事刷新、ジーコ新代表監督の就任、相次ぐ日本人選手の欧州クラブへの移籍、そしてジュビロ磐田のJ1・ファーストステージ優勝と、本場・欧州がシーズンオフであったにもかかわらず、本当に話題に事欠かなかった。
こうして毎日、洪水のようなニュースにさらされているうちに、2002年のワールドカップもまた、リアルな体験から記憶へと移行していき、やがては歴史の中の出来事として語られてゆくのだろう。
歴史について考察する時、私たちはまず文献を調査することから始める。近・現代史の場合、当時書かれた新聞記事や有識者や著名人による文章などが「参考文献」となるはずだ。とりわけ、その時代を知らない者にとっては、当時の報道機関による記事に100パーセントに近い信頼を寄せなければならないケースも出てくる。
こういう場合、私たちは、報道機関や個人の名前(=ブランド)をつい信じたくなってしまう。どうしても「〇〇新聞の記事だから、情報は確かだろう」という確証が欲しくなるのだ。相反する2つの情報があった場合、迷いに迷った末に、ブランド力のある方の情報を選択することも、よくある話だ。
もし40年後の日本人が、2002年のワールドカップに関する文献を調査したら、彼らはこの大会をどう捉(とら)えるだろうか。例えば、大会史上初の試みだった「日韓共催」について。
「日韓共催は大成功のうちに終わった」
「多くの日本人が韓国のベスト4進出を喜び、隣国を応援し続けた」
「韓国は代表チームも監督もサポーターも、すべてにおいて日本よりも勝っていた」
おそらく40年後の日本人は、これらの記事をそのまま「史実」として受け入れることだろう。何といってもそれらの記事の多くは、ブランド力のある報道機関によって書かれたものなのだから。かくして2002年大会は、「日韓共催」の美しい物語として、次の世代へと伝えられてゆくのであろう。
■私たちはひとりひとりが「時代の証言者」である
今回、私が「ワールドカップにおけるメディアのあり方」を検証する企画を立ち上げたいと思ったのは、この2002年大会が「歴史化」していく中で、権力による意図的な「書き換え」がなされることへの危機感があったからだ。いささか偉そうな物言いを許していただけるならば、ひとりの「時代の証言者」としてのささやかな抵抗であり、ひとりの表現者としての矜持(きょうじ)であった。
もっとも、私の抵抗がしょせんは「蟷螂(とうろう)が斧(おの)を取りて隆車(りゅうしゃ)に向かう」の故事(編集部注:自分の弱さをかえりみず強敵に挑むこと。はかない抵抗のたとえ)そのものであったことは、事実として認めざるを得ない。しかし、それでも私は主張したい。歴史を記述するのは、決して巨大メディアだけの特権ではない、ということを。
今大会では、私たちひとりひとりが「時代の証言者」となった。そして昨今のインターネットの普及によって、今や私たちは自身の言葉を広く発信することさえ可能である。こうした「サイレント・マジョリティー」の存在を、メディアは決して忘れるべきではない。
今にして思えば、私が当企画を通じて皆さんに訴えたかったのは、西部謙司さんが言うところの「『サッカーの敵』に対して『ノー』ということ」であり、湯浅健二さんが言うところの「『サイレント・マジョリティー』から『ノイジー・マジョリティー』になること」であった。
前述の通り、皆さんは「時代の証言者」となった。そして「サッカーを愛する者」としての自覚が多少なりともあるならば、皆さんは立派な「2002年大会の当事者」足り得るのである。だからこそ、私たちは今大会におけるメディアのあり方については、ゆめゆめ忘れることなく、語り継がなければならない。そして、ホスト国として迎えた2002年のワールドカップが、もし何がしかの権力によって意図的に書き換えられるようなことがあれば、断固として「ノー」を突き付けるべきであろう。
将来、自分の子供や孫たちに「日本で開催されたワールドカップを目撃したこと」を自慢するのは、それはそれで楽しいことだと思う。しかし、一方で皆さんには「時代の証言者」に課せられた責務があることを、どうか忘れないでいただきたい。
<後編に続く>
|
|
|
サッカーに関するブログエントリ
|
 |
|
|
|
|
Copyright (c) 2010 Y's Sports Inc. All Rights Reserved. |
|