 |
|
|
宇都宮徹壱
|
スポーツナビ
|
 |
Jの付く場所を目指して(2/2)
全国地域リーグ決勝大会・1次ラウンドリポート
2007年11月28日
|
■2年目の再会、グルージャとファジアーノ
グルージャ守備陣を突破するファジアーノのFW喜山康平(右から2番目)。このプレーが追加点をもたらす【 photo by 宇都宮徹壱 】
|
ようやく本題に入る。 今大会、私が広島の会場を取材地に選んだのは、グループAとB、合計6チームが一度に見られるという魅力もあったが、それ以上にAのグルージャとファジアーノの現状に注目していたことが大きい。ともにJを目指すクラブ。だが、今季は全社も天皇杯も出場権を逃していたので、最近のチーム事情を私は伝聞でしか知らない。 実はグルージャとファジアーノは、2年前の地域決勝でも1次ラウンドで同組になっており、グルージャが2−1で競り勝っている。ただし、決勝ラウンドに進出したのは、九州代表のロッソ熊本。その後の決勝ラウンドでは3位に終ったが、幸い当時JFLだった愛媛FCがJ2昇格を決めたため、ロッソは入れ替え戦なしでJFL昇格を果たしている。
かくしてグルージャとファジアーノは、再び地域決勝の舞台で相対することとなったわけだが、2年前と比べて両者の力関係は想像以上に逆転していた。 先制点が決まったのは、キックオフの直後。ファジアーノのFW朝比奈祐作が果断なドリブルから先制ゴールを挙げる。これで硬さが取れたファジアーノは、相手の必死の反撃を余裕をもって受け止めながら、追加点のチャンスをうかがう。26分には、東京ヴェルディから期限付き移籍してきたFW喜山康平が、DF数人を引きずりながらバイタルエリア(ラストパスの起点となるエリア)を突破。混戦でこぼれたボールをまたも朝比奈が押し込んで点差を2点に広げた。 追い込まれたグルージャは、後半から積極的にシュートを放つようになり、後半25分にはPKのチャンスを上山愛史が決めて1点差に迫る。しかし、ファジアーノの粘り強い守備に阻まれて追加点を奪うことができず、2−1でファジアーノの勝利が決まった。
敗戦直後のグルージャ・サポーター。2年前の地域決勝を記憶しているのは彼らだけだ【 photo by 宇都宮徹壱 】
|
初戦ということもあり、ファジアーノの動きは決してほめられたものではなかった。特に後半、朝比奈に代えて長身のブラジル人FWジェフェルソンを投入してからは、それまであった攻撃のリズムが影を潜め、グルージャに付け入る隙(すき)を与えてしまった。それでも両者の力の差は、誰の目から見ても明らかだった。その理由を見つけるのは簡単だ。地域決勝へのチャレンジが今回で3回目となるファジアーノに対して、グルージャは2年前の経験がまったく生かされていない――というよりも、生かす術さえなかったからだ。なぜならグルージャは、あのあと一度“死線をさまよった”からである。
ご存じの方も少なくないと思うが、グルージャというクラブは一度、極度の経営危機に陥っている。地域決勝直後の05年末のことだ。選手の給与未払い、業者への支払い遅滞などが、合わせて1000万円を超えることが判明。原因はクラブ上層部の放漫経営だった。やがて、選手、サポーター、地元メディアを巻き込んでの大騒動となり、経営陣は一新。監督とスタッフはチームを去り、主力選手も大量に放出。そんなわけで、私が2年ぶりに再会したグルージャは、同じエンブレムのユニホームを着ていても、まるで違ったチームとなっていたのである。2年前の地域決勝を記憶しているのは、スタンドから懸命のコールを送っていた数名のサポーターのみであった。
■ファジアーノの成長をもたらしたもの
岡山から大挙してやって来たファジアーノのサポーター。クラブもサポーターも大きく成長した【 photo by 宇都宮徹壱 】
|
聞けばグルージャは、今も土のグラウンドで夜間のみの練習を続けているという。選手の大半が働きながらプレーを続けているため、練習は自(おの)ずと2時間程度に限られる。専用の練習場も持っていないので、いつもグラウンドを求めて転々としなければならない。 グルージャだけではない。2年前の地域リーグのクラブは、どこも大体似たような状況であった。だが最近では、全国のJを目指すライバルたちは急速に組織のプロ化を進めている。プロの監督やスタッフを招へいし、練習を夜から昼へと切り替え、年間予算とプロ契約の選手を徐々に増やしている。ファジアーノも、そうしたクラブのひとつ。今年は地域リーグとしては異例のJリーグ準加盟も果たしている。
「一昨年が200万くらいの収入で、去年から(NPO法人から)会社を立ち上げて1200万くらい。今年はスポンサー企業が6社から180社まで増えて、それで9000万。とはいえ、今年の予算は1億2000万ですから大赤字ですよ」
そう語るのは、株式会社ファジアーノ岡山スポーツクラブ代表取締役の木村正明さん、38歳。クラブを引き継いでから2年足らずで収入を45倍に伸ばし、プロ契約選手もゼロから9人にまで増やしたことを、まるで昨日、一昨日の夕食を思い出すような口調で語るのだから只(ただ)者ではない。それもそのはず、この人のキャリアがまたすさまじい。東大法学部を卒業後、ゴールドマン・サックス証券に入社し、執行役員まで務めた正真正銘のエリート。そんな彼が、高校時代の同級生からの呼びかけで、それまでのキャリアに自ら終止符を打ち、地元・岡山に戻って地域リーグのクラブの社長に納まったのである。さぞかし周囲は驚き、呆(あき)れたことだろう。なかには「ホリエモンみたいに何か企(たくら)んでいるんじゃないのか」と勘ぐる者も少なくなかったそうだ。 それでも実際に当人に会ってみると、いたって明朗なサッカー好きの経営者にしか見えない。前職を辞した理由を尋ねてみても、その答えは実に歯切れよいものであった。
「多くの人と苦しみや感動を共有できるというのは、一番の仕事の醍醐味だと思うんです。そう思いませんか? この仕事って、人間が本当に生きてきた証というか、社会への貢献というか、非常に分かりやすい形で具現化していると思うんですよ。ちょっとカッコつけすぎですかね(笑)」
クラブ経営とチームの強化は、決してひとりの人間だけの力で成し得るものではない。それでも、ひとりの人間が加わることで、チームが、クラブが、そして地域が劇的に変わることもしばしばある。木村さんとファジアーノとの出会いが、まさにそれであった。思えば2年前、私が岡山を訪れたときには、数少ないサポーターが駅前でビラを配って、懸命にファジアーノの知名度を上げようと頑張っていた(当時、クラブ側は広報活動にまったく頓着していなかったのである)。それが今では、最高9000人もの観客を動員できるまでの人気クラブへと変貌していた。この4部リーグとは思えぬ熱狂ぶりが、堅実な組織運営と相まって、Jリーグ準加盟の決定打になったといわれている。
この2年のファジアーノの長足の成長を促した、最大の要因は何だったのだろうか。私の質問に対する木村さんの回答は、実にシンプルで的を射たものであった。 「ひとつは僕が経営陣に入って、はっきりと目標を示したこと。もうひとつは、岡山にも地元意識を強く持っている人がいたということですね」 確かに、お金も、運も、政治力も大切である。あるいは地域によって、行政の理解、商圏の規模、住民の郷土愛の度合い、そしてサッカー熱、それぞれ事情は異なるだろう。だが、Jのある場所にたどり着くために絶対に不可欠なものというのは、案外とってもシンプルなものなのかもしれない。だとすれば、一度はチーム存続の危機に瀕(ひん)したグルージャにも、今後“化ける”チャンスは十分にあるといえるだろう。
3日間にわたる熱戦の結果、埼玉・熊谷で行われる決勝ラウンドには、ファジアーノ岡山、ニューウェーブ北九州、バンディオンセ神戸、FC Mi−OびわこKusatsuの4チームの進出が決まった。この決勝ラウンド(11月30日〜12月2日)の取材から見えてきたものについては、来週またレポートすることにしたい。
<了>
宇都宮徹壱/Tetsuichi Utsunomiya 1966年福岡県生まれ。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、欧州を中心に「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旧共産圏のうらぶれたスタジアムと、現地で飲む酒をこよなく愛する。著書に『幻のサッカー王国』『サポーター新世紀』(いずれも勁草書房)、『ディナモ・フットボール』(みすず書房)。自身のWEBサイト(http://supporter2.jp/utsunomiya/)でコラム&写真を掲載中
◆前後のページ |1|2|
|
|
 |
|
 |