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小澤一郎 スポーツナビ

サッカーで世界に通用する人材育成を(1/3)
サッカーライフ 第1回 びわこ成蹊スポーツ大学・松田保総監督

2006年03月28日

守山高校、守山北高校を経て、びわこ成蹊スポーツ大学のサッカー部総監督に就任した松田保氏
守山高校、守山北高校を経て、びわこ成蹊スポーツ大学のサッカー部総監督に就任した松田保氏【 Photo by Ichiro Ozawa 】


●●サッカーと共に人生を歩んできた人間にスポットライトを当てる「サッカーライフ」。記念すべき第1回は、びわこ成蹊スポーツ大学サッカー部総監督の松田保氏である。滋賀県の守山高校、守山北高校を率いて全国大会に数多く出場し、1982年には守山高校を滋賀県勢初の高校選手権ベスト4に導いた滋賀サッカーの名将。「アジアの壁」として日本サッカーの歴史に名を刻む井原正巳氏を育てたことでも有名である。
 現在A代表に名を連ねる小野伸二(浦和レッズ)、稲本潤一(WBA)、高原直泰(ハンブルガーSV)らの“黄金世代”をU−15、U−16、U−17日本代表で一貫して指導し、1995年にはU−17世界選手権で指揮を執った。現在、びわこ成蹊スポーツ大学の教授としてサッカー部監督を務める傍ら、選手や指導者の育成、Jリーグ入りを目指すべく発足した滋賀FCのサポートなど幅広い活動を精力的にこなす松田氏に、自身のサッカーライフについて語っていただいた●●



■“名将・松田監督”が誕生するまで

滋賀県の高校サッカー界を引っ張ってきた松田保氏 滋賀県の高校サッカー界を引っ張ってきた松田保氏【 Photo by Ichiro Ozawa 】
 松田氏の指導者としての経歴を見た時にまず驚かされるのは、コーチを一度も経験せずに監督になったことである。“名将・松田監督”が誕生するまでの歴史とその背景を、自身の言葉で語ってもらおう。

サッカー指導者としての略歴

「金沢大学で指導を受けたサッカー部の監督がFIFA(国際サッカー連盟)のコーチングスクールを受講された方で、「近代日本サッカーの父」と呼ばれるデットマール・クラマーさんの弟子みたいな人だった。私もクラマーさんが提唱したコーチングスクールの第3期生なんだけれど。
 滋賀県で一番初めにコーチングスクールに行かせてもらったので、滋賀県にその財産を伝えていくことが使命でもあった。それから(日本サッカー協会公認ライセンスである)B級、A級、S級を取らせてもらって、今はこういう大学(日本の大学で初の「スポーツ」と名が付くびわこ成蹊スポーツ大学)で指導させてもらっている」

初赴任の甲南高校でいきなり監督に就任

「本来はベテランの先生がおられたんだけれど、林業の先生だったんで、『専門家が来てくれたんやから……』ということで、いきなり僕に監督を譲ってくれた。だから、僕はコーチを経験したことがないんだよ。ずっと監督で、どこへいっても監督をやらせてもらってる。すごくラッキーなことやと思う」

守山高校への赴任と滋賀県勢初の選手権ベスト4

「守山高校赴任当時、サッカー部だけが全国に行っていなかった。どちらかというと、生徒指導していても問題を起こすのはサッカー部ばかり。だから、やんちゃな子が多かったんだけれど、やんちゃな子っていうのは負けん気が強いんやし、その子らが本気になったら強くなるのは当たり前やね。
 すると、3年目に優勝したんかな。そうやって良い環境に25歳で恵まれて、1982年にようやく全国制覇を狙えるようなチームになった。その時は今ここ(びわこ成蹊スポーツ大学サッカー部)でパートタイムコーチとして指導している元日本代表の望月聡がいて、選手権でベスト4に入ったけど国立でPK負けした。全国制覇の夢はかなえられなかったけど、今考えても優勝できたメンバーやったと思う。僕がもうちょっとベテランで経験があれば……。国立に行って自分が緊張して上がってるんだから勝てんよな。(野洲高校の)山本佳司監督なんて上がってへんわな。『守山や守山北、草津東に負けてたまるか、新しい歴史を作るんや』という気持ちで、緊張どころじゃなかったんやろうね。チャレンジしにいってるんだから。
 当時の僕らは滋賀県勢初のベスト4で初の国立。自分も選手も緊張して実力が発揮できなかった。野洲の今回の優勝も、そういう歴史を踏んでいるんだけどね。いわゆる、天井を破るという1つの歴史を作ってるんで。優勝できるチームを逃がしたね。美濃部直彦(現京都パープルサンガ・ヘッドコーチ)ら優秀な選手が多かった」


■指導者としての基盤

グラウンドと強豪校の指導者から勉強

「(昔は)今と違って、すぐに海外のサッカーが見られるわけじゃなかった。『ダイヤモンド・サッカー』はテレビ東京(当時、東京12チャンネル)系列やし、(滋賀県では)見られなかったから(笑)。現場で試行錯誤しながらやっていた。
 幸い京都や大阪が近かったんで、強豪校に胸を借りにいっていた。僕らの時代はグラウンドで勉強するのと同時に、夜にそういった強豪校の指導者からサッカー論を語ってもらっていた。時には、朝までになることもあったけどね……。僕らの時代は本とかコーチ学といった教材がなかった時代ですから、良い監督の下に行って一生懸命に話を聞いていた。一緒に酒も飲んで、かばん持ちもしてね……。まあ、かばん持ちは冗談だけど(笑)。」

指導者として大切にしていること

「チャンピオンスポーツ(その競技の頂点を極めんとするスポーツ)の中で、結果を出すためにはどうしたらいいのか。人間性や人格的なものとか、そういう力がないと結局は勝てない。うまいだけのやつ、強いだけのやつはごろごろいる。それをグラウンドで表現して、結果につなげるためには人間的な力が必要。トータルでの器の大きさが大切じゃないかな。
 そういう選手は、どこのチームに行っても勝つために必要な力になる。そういう人間は企業に行っても、教師になっても、成功すると僕は思う。テクニックだけ、フィジカルだけでは駄目。ただ、思いやりのある優しい人間性だけでも駄目やけどね。動物的な野性味とか強さがないと。そういうものがスポーツやサッカーが求めているものじゃないかな。 人間像もしかり。今の時代、一番求められている人間像やと思うよ。もっと言うなら、ラグビーが一番それに近いスポーツかもしれない。あんな激しい、けがをして犠牲を払ってでも、リスクを背負ってでもプレーできるスポーツに、僕はコンプレックスを感じるね。サッカーはそこまで行かないじゃない!?」

<続く>



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