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ワールドカップ最終出口
『季刊 サッカー批評』半田雄一編集長インタビュー(14)
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9月10日発売の『サッカー批評』(双葉社)第16号の表紙
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■ スポーツ紙に深い言説を求めてはいけない?
宇都宮 一方で、スポーツ新聞についてはいかがでしょうか。最近では、サッカーを一面で取り上げる回数は増えたと思うんですが、書かれてある内容は相変わらず、という印象です。以前、マンチェスター・ユナイテッドとパルマとのプレシーズンマッチがありましたが、やはり各紙の論調は「ベッカムと中田」とか「ベッカムも認めた中田のフリーキック」といった、有名選手を前面に押し出した記事ばかりが目に付きました。せっかくこれだけサッカーを見る人口が増えたんだから、もっと違った切り口の記事やファンをうならせるような分析があってもいいような気がするんですが……。
半田 うーん、スポーツ新聞にそういうことを求めますか? メディアに関しては、やっぱり分けて考えたほうがいいと思うんですよ。例えば今回のワールドカップでは、日本代表の試合でテレビの視聴率が60パーセントを越えたそうですが、日本の人口が1億2千万人だから、7千万人以上の視聴者を相手に番組を作るとなると、どうしてもサッカーの知識のレベルにおいては、レベルを低いところに設定しなければならない部分もあるんだと思います。同じことはスポーツ新聞にも言えるわけで、サッカー的に深いものはやっぱり期待できないでしょう。
宇都宮 よく「日本には『レキップ』(フランスのスポーツ紙)や『ガゼッタ(・デッロ・スポルト)』(イタリアのスポーツ紙)のような『まっとうな』スポーツ紙がない」と言われていますが、そもそも日本のスポーツ紙にそういう深い言説は求めるべきではないと。
半田 僕はそういう言説は、別のものに期待します。例えばテレビだったら、BSやCSでの討論番組に、そういったサッカーの深い言説を求めたい。地上波でも、夜中にそれなりの論客をそろえて、3時間くらい徹底討論をやってくれるんだったら可能かもしれない。雑誌だったら、ワールドカップが終わってから2カ月後に出る『サッカー批評』に深い言説を期待したい、とか(笑)。やっぱり受け皿としては、スポーツ紙とは別なんですよね。
でも、そういう深い言説を求める人たちが、そもそも日本にいっぱいいるのかといったら、いないんでしょうね。いたら『サッカー批評』はもっと売れているわけですから(笑)。ある女性誌は、売れる時には100万部くらい出るそうですが、サッカーを扱ったものでは、せいぜい50万が限界でしょう。その雑誌にしてもサッカー専門誌じゃない、スポーツ専門誌ですからね。
宇都宮 結局のところ、この国はワールドカップの歴代開催地になっても、依然としてサッカーに関する言説は未成熟なままの状態であり続けるのでしょうか。送り手のひとりとしても、受け手のひとりとしても、何ともやり切れない気分になってしまいますが。
半田 以前、スポーツナビで連載していた「メディアはワールドカップをどう伝えたか」の中で、宇都宮さんが「(日本のサッカー・ジャーナリズムは)子供服のようだ」と書いていましたよね。「消費者が大人なのに、相変わらずメディアは子供服ばかり作っている」って。あれは僕、全然違うと思います。例えからして違っていて、60パーセント向けに作っているものを買っておいて「何で、俺たちに向けた紙面づくりをしないんだよ」というようなものですよ。でも、そんなふうに深いものを求めている読者って、全体の1パーセントもいないわけじゃないですか。僕自身、その1パーセントの読者に向けた雑誌を作っているから、あの「子供服」の例えは痛切に違うと思いました。<続く>
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