巻誠一郎、流転の果てに見つけたもの (1/2)
古巣・千葉戦で自身の存在価値を示す
■「生涯千葉」を公言していたが
巻誠一郎が東京ヴェルディ(以下、東京V)に加入し、3カ月と少したった。加入当初は後半途中から投入され、短い出場時間で結果を出せずにいたが、10月26日の栃木SC戦でスタメンに起用されて以降は4試合2得点と周囲の期待に応えている。
2003年、巻は駒澤大学からジェフユナイテッド千葉(以下、千葉)に加入した。千葉はイビチャ・オシムに率いられ、2005年と2006年のナビスコカップを連覇(編注:2006年は途中からオシムの息子であるアマルが指揮を執っている)。巻は2005年から2年連続2けた得点を挙げ、日本代表に選出されるまでのFWに成長を遂げた。「生涯千葉」を公言する巻だったが、やがて相思相愛の関係は終わり、流転の季節を迎える。
2010年7月、ロシアプレミアリーグのアムカル・ペルミに移籍。2011年3月、中国スーパーリーグの深セン紅テン球倶楽部に加入。右足首を故障し、治療のために帰国した(深セン紅テンとの契約は解除)。同年8月、東京Vが巻の獲得を発表する。千葉時代の巻を知る東京V強化部長の昼田宗昭がこの道筋をつけた。
現場を指揮する川勝良一の評価は高いものではなかったが、「クロスではニアに飛び込んでほしい。ポストプレーは2回に1回の成功率でいいからボールを受けに行くこと。巻はひとつずつ課題をクリアしていった」として、起用の方針を修正していった。
試行錯誤の期間について、巻はこう語っている。
「まだ、しっくりこない部分はある。ここのFWは中央にドンと構えているだけではダメだから、ボールを受けに下がったり、サイドに流れてみたり。徐々にコンディションが上がってきて、できることが増えてきた」
巻は勤勉に走る。前線から絶え間なくプレスをかけ、相手のパスコースを限定する。四方八方から厳しいマークを受ける前線に立ち、体を張ることも厭わない。勤勉さはそれだけで価値だ。加えて、ピッチの外では気取った態度をとらない好漢である。なるほど、千葉のランドマークタワーとして人気を博していた理由の一端がうかがえる。
■巻の持つ時計は、愚直に時を刻む真っ正直なタイプ
一方、プロの世界では、そこにいることで何ができるかが問われる。これぞプロという妙技か。チームを勝たせるすべを持っているか。味方を奮い立たせ、観客のハートをも揺さぶる闘争心か。巻という選手を見る上で、懸命な姿勢やピッチ外の模範的な言動ばかりをクローズアップしていると、このあたりの本質がぼやけてしまう。
川勝監督は攻撃の選手と守備の選手の違いについて、こんなたとえ話を聞かせてくれた。
「ディフェンスの選手は同じ時計をはめていなければいけない。ラインの上げ下げ、スライドする動きなど、グループで同時に動くことが求められる。逆に、オフェンスの選手は違う種類の時計を持たなければならない。ゴールを奪うためには、流れに変化をつけ、アクセントを加えることが重要になる」
この際、針の進むテンポがずれたら時計とは言えませんよ、という突っ込みは無用に願いたい。東京Vの攻撃陣に変化をつけられる選手はいる。菊岡拓朗、河野広貴、マラニョン、小林祐希らがそうだ。彼らは相手との臨機応変な駆け引きに優れる。巻の持つ時計は、愚直に時を刻む真っ正直なタイプだ。現有戦力にこの手の選手はいない。すなわち、巻を戦力アップにつなげられるかどうかは、彼らの中に放り込み、速やかにコーディネートできるかに懸かっていた。
結果的に、巻の加入は起爆剤とはならなかった。東京Vは11月12日の京都サンガF.C.戦に0−1で敗れ、J1昇格の可能性が消滅。16日の天皇杯3回戦は浦和レッズに1−2と競り負け、敗退した。
・東京ヴェルディ オンラインチケット(外部サイト) (2011/11/18)
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