浦和レッズ、新監督就任で見えた一筋の希望 (1/3)
苦境を乗り切り、J1残留へ心血を注ぐ
■白日の下に晒されたチームの内情
わたしは前回のコラム(7月20日掲載)で浦和レッズについてこう記した。
――現場最高責任者の監督ばかりに責任を負わせ、その場限りの体裁ばかり取り繕っているならば、このチームの威厳はすぐさま地に落ちるだろう――
だが結局、浦和のフロントは今、責任を現場に押し付け、過ちを繰り返すように、新しい監督とピッチで戦う選手にクラブの命運を託そうとしている。
9月11日のJリーグ第25節・モンテディオ山形戦で0−1と敗戦した直後、浦和の橋本光夫代表は強化の最高責任者である柱谷幸一ゼネラルマネジャー(GM)を呼び、その場で職務の解任を通告した。橋本社長いわく、「今日の試合前から決めていた。結果にかかわらず決めていた。柱谷さんには今日の試合後に話をした。あくまでもチーム一丸となって残り試合を戦う上で、クラブとチームがもっとコミュニケーションを取っていく必要がある。柱谷さんは監督経験があるので、自分が現場に出て意見をするのを遠慮しているところがあった」と、その解任理由を述べた。
また、ゼリコ・ペトロヴィッチ監督に対しては「クラブと監督、監督と選手の関係はうまくいっている。コミュニケーションも取れている。今、監督を交代すると逆にチームに混乱が起こる。残りの試合を戦う上で(監督の続投は)ベストの選択だと思う」と語った。
しかしチームは柱谷GM解任後、ナビスコカップでは2回戦で大宮アルディージャを下し、一発勝負の準々決勝・セレッソ大阪戦、準決勝・ガンバ大阪戦で勝利して2004年シーズン以来7年ぶりの決勝進出を果たしたが、リーグ戦では山形戦から第29節・大宮戦まで1分け4敗と低迷を極め、ついには降格圏である16位にまで順位を落とした。
そして、大宮戦後にはペトロヴィッチ監督自らが記者会見の場で自らの去就に言及した。監督はその場で、今季いっぱいは指揮官の任を全うする意思はあるが、来季は指揮を執らないと表明し、クラブに対する批判を公の場でぶちまけてしまう。GM解任後に橋本代表が語っていた言葉とは裏腹の内情が暴露され、このクラブのチームマネジメントが全く機能していないことが白日の下に晒されたのだった。
■指揮官の指針は次第にぶれていき
各種メディアで明らかにされてきたように、浦和の今季の監督人事には不可解な点が多過ぎた。昨季まで監督を務めたフォルカー・フィンケとの契約を更新せず、新たな指揮官を招へいするクラブの考えには一定の論旨があった。フィンケが率いた浦和の2年間はチーム内の人員整理や戦術ベース構築には一定の成果があったものの、成績はリーグ戦で09年シーズン6位、10年シーズン10位と下降し、カップ戦はいずれも敗退して無冠に終わっていたからだ。
クラブフロントは早期の結果を求めて新体制で11年シーズンに臨むことを決断し、浦和の元選手で、ヨーロッパでの指導者経験を積み始めていたゼリコ・ペトロヴィッチを監督として招へいする決断を下した。だが、浦和の強化部はペトロヴィッチ監督の指揮官としての素養を詳細にリサーチせず、ただ単にオランダのコーチングライセンスを取得し、浦和のクラブ事情を熟知しているという理由だけで彼を評価した。ここからクラブの凋落(ちょうらく)が始まる。
ペトロヴィッチ監督が就任後に追い求めたチームスタイルは、前年度まで現場が熟成を重ねたそれとは志向性が全く異なるものだった。オーソドックスなオランダサッカーを標ぼうしたペトロヴィッチ監督は、浦和の選手に厳格な指導を施してスタイル成熟に尽力したが、昨季からの違いに戸惑う選手と、指揮官の志向にマッチしない既存選手の力量に思い悩み、次第に指針がぶれていく。
GMが解任された山形戦の次の試合となった第26節の清水エスパルス戦は、ペトロヴィッチ監督の意向がピッチに反映されたサッカーで臨んだものの、またしてもチームは敗戦を喫した。すると選手側から現状への不満が噴出し、急きょ選手のみでのミーティングが開催される事態となる。その選手ミーティングではそれぞれの選手の考えが議論の俎上(そじょう)に上がり、忌憚(きたん)のない論議がされたそうだ。
その中にはもちろん、ペトロヴィッチ監督の志向する戦術に対する疑念、そして選手起用法までもが取りざたされ、その意見を吸い上げたキャプテンの鈴木啓太、副キャプテンの平川忠亮ほか数人が監督のもとへ向かい、選手側の考えをぶつけた。その結果、ペトロヴィッチ監督は選手の考えを受け入れ、システムを4−2−3−1から4−4−2へ、そして選手起用についても若干の変更を行っている。
・浦和・堀新監督「レッズが降格するのは考えられない」 (2011/10/20)
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