◆トピックス&コラム
宇都宮徹壱
スポーツナビ

“ドーハ”の向こう側に (1/2)
日々是最終予選2008−09

2008年11月20日(木)

■アル・アハリ・スポーツクラブにて15年前を想う

「ドーハの悲劇」の舞台となった、アル・アハリスポーツクラブ。こちらのゴール裏で当時、日本サポーターが声援を送っていた
「ドーハの悲劇」の舞台となった、アル・アハリスポーツクラブ。こちらのゴール裏で当時、日本サポーターが声援を送っていた【宇都宮徹壱】

 カタールの首都・ドーハには、ガイドブックには載っていない、ちょっとした観光名所がある。ただし、そこを訪れるのは、ほぼ間違いなく日本のサッカーファンだ。かくいう私も、カタール戦の前日、同じホテルに投宿している同業者数人と連れ立って、そこを訪れた。アル・アハリ・スポーツクラブ。今から15年前の1993年10月28日、ここでワールドカップ(W杯)米国大会・アジア最終予選の日本対イラクが行われた。のちに「ドーハの悲劇」と呼ばれることとなるゲームの舞台である。

 ホテルから太陽が沈む方角に向かって歩き続けること、およそ1時間。運命のキックオフ時間、16時15分にはピッチに立つことができた。
 クラブのスタッフと思しき初老の男は、われわれを見かけると「こっちから入れる」と、こともなげに教えてくれた。まるで観光地の住人のような、その自然な対応ぶりから察するに、これまでにも少なからずの日本人がこの地を訪れたことだろう。現在、カタールリーグ2部に所属し、最近はさしたるタイトルにも恵まれていないアル・アハリ。クラブにその気があれば、金満日本人から入場料を取って、グッズを売りつける商売を考えそうなものだが、当地の人はまったくそうした発想がないらしい。ちょうどトラックでは、陸上の選手たちがトレーニングをしていたが、何も注意されないどころか、むしろ親しげに話しかけてくる者さえいた。「15年前の日本対イラクは、私もスタンドで観戦していたから、よく覚えているよ。日本はなかなかいいチームだったんだが……」

 15年前にテレビの前でくぎ付けになり、その後ずっと脳裏にこびりついていた映像が、目の前に現実として立ち上がる――何とも不思議な感覚である。後半ロスタイム、ライト・フセインがショートコーナーを狙ってボールを置いた地点。オムラム・サムランがヘディングシュートを放ち、GK松永成立がボールの軌跡を見送った地点。そして試合後、うずくまるラモス瑠偉に、ハンス・オフト監督がねぎらいの声をかけた地点。初めて訪れた場所なのに、奇妙な既視感が働いて、胸が締め付けられる思いがする。
 先のコラムに書いたとおり、15年前のドーハでのあの試合を「悲劇」と呼ぶことについては、今も少なからぬ抵抗がある。だが、あの試合が日本サッカー界にとって、重要な起点となったことは疑いのない事実だ。このピッチの向こう側に「ジョホールバルの歓喜」があり、さらには「1998年の蹉跌(さてつ)」と「2002年の快挙」と「2006年の屈辱」があり、そして今がある。

■試合の行方を決した玉田の2点目

 さて、日本代表である。終わってみれば3−0の快勝。今回のアジア最終予選、前半戦の正念場と思われていたカタールとのアウエー戦は、何とも“拍子抜け”するような結果となった。まずは得点経過を中心に、この試合を振り返ってみることにしたい。

 序盤、相手の攻勢を受ける立場になった日本は、何とかサイドからの逆襲に活路を見いだそうとする。ここで起点となったのが、この日8番を付けてトップ下のポジションに起用された田中達也。右に左に流れては、サイドバックとの連係で飛び出したり、自らドリブルを仕掛けたりすることで、カタール守備陣に揺さぶりをかけてゆく。
 そして前半19分。右サイドで内田篤人の浮き球のスルーパスに、タイミングよく抜け出すと、そのまま右足を振り抜いてGKの股間を抜くシュートを決める。日本、先制! 当の田中達にとっては、2005年8月の中国戦以来、実に3年ぶりの代表ゴールであった。

 カタール代表ブルーノ・メツ監督をして、「戦略的にもすべての可能性が失われ、すべてが終わったかのように思えた」と言わしめた日本の2点目は、後半開始早々に飛び出した。後半2分、両サイドからの攻勢を強めた日本は、左サイドに開いていた玉田圭司が、長谷部誠からのパスをダイレクトで蹴り込んでネットを揺らす。鋭い弾道は相手GKのミスを誘い、これで2−0。決めた玉田もさることながら、今日の長谷部の攻守での献身ぶりも、大いに評価されてしかるべきであろう。

 ダメ押しの3点目が入ったのは、後半23分。ショートコーナーでのパス交換から、中村俊輔が一気にファーサイドへクロスを供給すると、待ち受けていた田中マルクス闘莉王がニアをぶち抜くヘディングシュートを決めて3−0とする。とはいえ、問題はここから。3−0の楽勝ムードから一転、1点差にまで詰め寄られた6月のバーレーン戦の記憶が脳裏をかすめる。3点差が決して安全圏と言えないのが、W杯予選の怖いところ。しかも、今回の守備陣は中澤佑二が不在であった。
 だが、この日の日本は前線からの守備意識が極めて高かったことに加えて、集中力と闘争心、そしてセルフコントロールが最後まで途切れることがなかった。とりわけ3番目のセルフコントロールについては、相手の執拗(しつよう)なラフプレーに対して、ファウルされた当人も、そして周囲も、常に冷静さを保ち続けた。このように、選手全員の意思統一が保たれたことで、日本は久々の失点ゼロで終了のホイッスルを迎えることができたのである。

 <続く>


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