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◆監督会見
日本代表ジーコ監督 退任会見全文(1/3)
2006年06月26日
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■最後までいい仕事ができたと思っている
4年の任期を全うし「最後まで信じてもらったことを感謝する」と話したジーコ監督(右)【 スポーツナビ 】
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登壇者 川淵三郎(財団法人日本サッカー協会 会長) ジーコ(日本代表チーム 監督)
川淵 本日はお忙しいところをお集まりいただき、ありがとうございます。皆さんが大きな期待を持って見守って下さったにもかかわらず、ワールドカップ(W杯)で十分な結果が挙げられず、非常に残念に思う。心からおわび申し上げたい。
ジーコ監督とはこの4年間、お互いを信頼し合いながらやってきた。成功すれば賞賛を浴びるわけで、失敗した結果として罵声(ばせい)が飛ぶのも、勝負の世界の必然だと思う。いろいろな意味でジーコ監督から教わることも多かったし、日本サッカー界も彼から得ることが多かった。また、選手自身も多くのものを得たと思うので、それを今後、日本のサッカー界発展のために、どう生かしていくのかが大切になってくると思う。
ジーコ こうして、再び皆さんの前で話すことができて非常に光栄だ。できれば、これで最後ということではなく、これからもいい関係を続けられればと思う。 最初に、この場を借りて感謝を述べさせていただきたい。まず、15年前に私と日本をつなげてくれた住友金属のスタッフの方々、それから鹿島アントラーズの方々。この方たちの尽力がなければ、日本とのつながりというのはまったく想像できなかった。ましてや、こうして日本代表監督という大任を受けることもなかったと思う。鹿島での約10年間の後に、ここにいる川淵キャプテン、協会の方々の尽力により、日本代表監督を務めさせていただいた。この4年間、自分を信じていただき、最後まで全うさせてもらったことに心から感謝したい。 それとともに、本当に多くのファン、サポーターの方たちに支えられて、またメディアの皆さんにも最大限時間を割いていただいたことにも感謝したい。自分を最後まで信頼していただいた結果、最後までいい仕事ができたと思っている。
■コンスタントに力を発揮できるようになれば本物になる
振り返ってみれば、(日本に来た)当時は日本サッカー界がアマチュアからプロになる時期で、そういった重要な時期に招いてもらった。自分は40年近くサッカーの世界にいるが、その経験を最大限伝えてきたつもりだ。しかし、代表での4年間も含めて、自分ができなかったことも幾つかある。ただし、その時々に必要なこと――ピッチの中でプロ(選手)として必要なことや、リーグ運営の理想像など――を取り入れてもらった。 特にこの4年間で、皆さんに自分が胸を張って言えることは、少しの秘密もなかったことだ。自分の考えていること、仕事の内容など、すべてを皆さんに公にしてきた。W杯以前にもいろいろな問題があったが、それを皆さんと一緒に1つ1つ乗り越えてこられたことをうれしく思う。
これだけ世界のサッカーの力が拮抗(きっこう)している中では、3連勝もあれば3連敗もあり得るが、そういった中で「最大限努力する」ことを(大会前に)約束した。結果として決勝トーナメントには行けなかったが、その「努力した」ということに関しては、うそ偽りなく自分の知識をチームのために最大限使ったと思っている。 私の指揮した日本代表チームは、本当に力のある選手がそろっていた。W杯ではいい成績を残せなかったが、この4年間を通して確実に成長してきたし、また、それは代表チームだけでなく、日本サッカー全体のレベルアップにつながったと思う。
(結果として日本に)何が足りなかったのか、あるいはこれからの日本サッカーが見つめていかなければならない問題点の1つとして、安定した判断がある。(それがないと)得点につなげることができない。たとえば、ドイツ戦であれだけいいサッカーをしながら、次のマルタ戦でまったく違ったチームのような出来になってしまう……。多くの試合を通して、コンスタントに力を発揮できるようになれば、(その実力が)本物になると確信している。
<続く>
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【関連リンク】
・川淵会長 W杯帰国会見要旨 06/06/24
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