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ターニングポイント(2/2)
日々是亜洲杯2007(7月21日@ハノイ、くもり)

2007年07月22日



■心理戦でも勝利していた日本


バックスタンドに陣取る日豪両国のサポーター。昨年のW杯に比べると少しスタンドが寂しい バックスタンドに陣取る日豪両国のサポーター。昨年のW杯に比べると少しスタンドが寂しい【 photo by 宇都宮徹壱 】
 試合後の選手たちの喜びようは、ちょっと尋常ではなかった。それは、テレビでこの試合を観戦していたファンの皆さんも同様だと思う。さすがに記者席は大騒ぎということはなかったが、それでも同業者の多くが、この日の結果に感無量の表情を隠せなかった。

 確かに、劇的な要素がつまった試合ではあった。中澤とビドゥカとのマッチアップ。高原のダイナミックなゴール。そしてPK戦で見せた川口の見事なセービング……。
 だが、われわれの喜びは、単に120分の結果によるものだけではなかったはずだ。ついでにいえば、今後さらに2試合(準決勝と決勝か3位決定戦)が保証されたことや、3連覇の可能性がぐっと近づいたことについても、極論すれば、副次的な喜びでしかないとさえいえる。

 この日の勝利は、あの暑いカイザースラウテルンでの惨敗の記憶を払しょくさせるものであり、同時に、その後の1年間の日本サッカーの歩みが正しかったことを証明するものでもあった。そして、サッカーにたずさわる多くの日本人が、この激動の1年に思いをめぐらせ、喜びを爆発させたのだといえる。

 ここで、オーストラリア戦の勝因を3つほど挙げておきたい。
 まず、システマティックな守備。これについては、すでに言及していることなので、さらに言葉を重ねる必要もないだろう。ひとつ補足するなら、中澤にしろ阿部にしろ、高さと強さで勝る相手に対し、空中戦で負けていなかったことは特筆に値するだろう。

 2つめに挙げたいのは、先制された直後に同点に追いついたことである。
 セットプレーでの失点は、それまで完ぺきに近い守備をしていた日本にとって、かなりの心理的ダメージとなったはずだ。この時、オーストラリアのゴールが、ずい分と遠く感じたのではないか。それでも、すぐに気持ちを切り替えて反攻に転じたことが、結果として直後の劇的なゴールにつながった。フィニッシュを決めた高原自身も「早く追いつけたからこそ勝てたと思う。流れが悪くなるところを持ちこたえられた」と語っている。

 それからもうひとつ、心理的に優位に立てたことも大きかった。
 日本の選手は、昨年のW杯で惨敗を喫したオーストラリアに対し、決しておくすることも慌てることもなく、常に自信を持って戦いを挑んだ。過信でなく、確かな自信。それを支えていたのは、対戦相手に関する詳細な情報と、試合展開の明確なイメージが、選手全員で周知徹底されていたからだと思われる。相手が10人になってからは、日本は完全にゲームを制圧していたし、PKにまでもつれ込んでも、選手たちの平常心が失われることはなかった。フットボールという競技を、ひとつの心理ゲームとしてとらえるならば、その意味でもこの日の日本は、はるかにオーストラリアに勝っていたといえよう。


■「まだ時間はある」


オシムが進めてきたサッカーが間違いでないことが証明された豪州戦。今後のさらなる進化に期待したい オシムが進めてきたサッカーが間違いでないことが証明された豪州戦。今後のさらなる進化に期待したい【 (C)Getty Images/AFLO 】
 とはいえ、いくら相手を圧倒していたからといって、サッカーにはボクシングのような「判定勝ち」はない。相手が10人になってからの約45分、ついに日本が追加点を奪えずにPK戦にまで持ち込まれたことについては、不満に思うファンも少なくないだろう。実際、試合後の会見でも「日本は人数のアドバンテージがあったのに、なぜ120分で勝てなかったのか?」という質問が出た。それに対してオシムは、こう反論している。

「なぜなら、私たちのサッカーが完成の域に達していないからだ。(中略)それよりも、われわれの内容が良かったことを、もっと見てほしい。いつも心掛けているサイド攻撃は機能していた。オーストラリアに優秀なGKと優秀な4〜5人のDFがいたことは、われわれの責任ではない」

 この「私たちのサッカーが完成の域に達していない」という言葉を、単なる言い訳と取るか、それとも将来的な期待と感じるか、人によって評価は分かれるところだろう。私自身は、今のチームにある種の物足りなさを感じつつも、やはり後者を採りたいと思う。

 この日のゲームで感じた物足りなさ(=未完成の部分)をひとつだけ挙げるなら、ベンチの層の薄さである。それは、キューウェルやカーヒルを交代カードとして持っているオーストラリアと比較すれば、一目瞭然(りょうぜん)であろう。この試合でオシムがカードを切るタイミングが遅く感じられたのも(最初に今野を送り出したのが後半43分。しかも加地の負傷を受けてのものだ)、指揮官は、事態を打開できる手駒の少なさに悩んでいたようにも思える。

 実のところ、今大会に招集された23人については、全員が「勝つためのメンバー」だったとは、私には到底思えない。おそらく半数近いメンバーは「経験を積ませるためのメンバー」であり、ゆえに彼らにバックアッパー以上の働きを期待するのは、現時点ではいささか無理があるようにも感じられる。今後、五輪代表、U−20代表の若きタレントたちも含め、切磋琢磨しながら経験を積むことで、真の意味で世界と戦える23人が形作られるのではないか。その意味で「私たちのサッカーが完成の域に達していない」というオシムの発言に、私たちは現時点で悲観する必要はない。

「勝ちはしたが(日本のサッカーを)『日本化』するというところまでは、まだできていない。(中略)結論を急がないでほしい。まだ時間はある」(オシム)

 もうあと3年、このチームの進化の過程を見守り続けたい――そう感じさせるくらい、このオーストラリア戦は、まさにターニングポイントとなる一戦であった。

<翌日に続く>

宇都宮徹壱/Tetsuichi Utsunomiya
1966年福岡県生まれ。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、欧州を中心に「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旧共産圏のうらぶれたスタジアムと、現地で飲む酒をこよなく愛する。著書に『幻のサッカー王国』『サポーター新世紀』(いずれも勁草書房)、『ディナモ・フットボール』(みすず書房)。自身のWEBサイト(http://supporter2.jp/utsunomiya/)でコラム&写真を掲載中

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