
|

木村浩嗣の「誘惑と憂鬱のスペインサッカー」
カルロス・ケイロスの知られざる一面(前編)
2004年2月24日
|
|
|
一見、非常に控え目に映るケイロス監督だが、実は選手よりも自分の哲学を優先する厳しさがある【(C)Getty Images/AFLO】
|
|
■雑誌や新聞のインタビュー記事は面白くない、のだが
レアル・マドリーのカルロス・ケイロス監督のロングインタビューを、2つ続けて読んだ。1つはスペインを代表する新聞『エル・パイス』(2月9日付け)、もう1つは『月刊トレーニング・フットボール』誌(2003年11月号)に掲載されたものだ。
私はスポーツ紙や雑誌をほとんど読まない。ニュースならインターネットやテレビ、ラジオの方が速報性があるし、社交辞令や美辞麗句ばかりのインタビューは甘っちょろくて物足りないからだ。「日本のサッカーについて何か一言」などという質問に、ラウルやジダンが「日本は急激に進歩している。ワールドカップでのべスト16入りがそれを証明した」とか「ナカタは素晴らしいプレーヤーだ」などと答えるのを読んでいても全然、面白くない。
プロの選手や監督はサービス精神旺盛だから必ず褒める。それが当たり前で、意外性が無い。かといって、「ジーコ・ジャパンの欠点は何か?」なんて聞かれても、ロナウドは答えられないだろう。自戒を込めて言えば、質問する方と答える方には、暗黙の了解と予定調和がある。そこがつまらない。
この点、『エル・パイス』も『トレーニング・フットボール』も、あらかじめ答えが予測できる質問がほとんどない。特に後者は、監督ライセンス取得者向けの専門誌だから、質問もこんな具合に専門的だ。
「2人のメディオ・セントロ(中央のミッドフィルダーあるいはボランチ)を置くシステムが流行しているが、その役割分担は一人が攻撃的、もう一人が守備的でいいのか」
「プレスをかけるのに最高の瞬間とは、ボールを失った直後か、それとも、まずポジションへ戻ることを優先すべきか」
「ボールを持って前進する時、相手チームはディフェンスラインを狭めてスペースを奪おうとする。この時、味方のディフェンスラインはどう動くべきか。同じようにスペースを狭めるべきか、それとも逆に広げるべきか」
「ゴールに結びつくプレーは、あらかじめ練習できるか、それともできないか」
こういう質問にケイロスは、『トレーニング・フットボール』ではA4版10ページ分、『エル・パイス』でもタブロイド全面2面にわたって答えている。全訳したいところだが、著作権があるのでそういうわけにもいかない。そこで、この2つのインタビューと、これまでのレアル・マドリーの試合、そこで見たさい配への感想から、カルロス・ケイロス監督について分析してみよう。
■選手よりも自分の哲学を優先するケイロス
まずカルロス・ケイロスは、非常に控え目である。
前任のデル・ボスケは好々爺(こうこうや)という印象だったが、ケイロスもシャープな外見に似合わず、声を荒げず沈黙を良しとするところがある。バレンシアのベニテス監督、デポルティボ・ラコルーニャのイルレタ監督が叫び、腕を振り回し、興奮を全身で表現するのに対し、ケイロスは腕組みして静かに試合を見守っている。
記者会見でも、「われわれはよく戦った」とか「審判の判定にはコメントしない」とか優等生的なことしか言わず、彼の発言がスポーツ紙のタイトルを飾ることは皆無だ。
シーズン当初こそ、「センターバックが足りない」「選手層が薄い」などとフロント批判とも受け取れるような発言もあったが、もう今はそんな不満も漏らさない。バルセロナのライカールト監督と並んで、最も無味乾燥なコメントをする監督の一人だと思う。
これは、本人の「なるべく私のことを語ってほしくない」(『エル・パイス』)という心掛けによるもののようだ。
とはいえ、ケイロスが温厚な監督だとは、私は思わない。
デル・ボスケが「選手が気持ちよくプレーする雰囲気作り」に腐心していたのに対し、ケイロスには、選手よりも自分の哲学を優先する厳しさがある。
例えば1−4と大敗したセビージャ戦(11月19日)で、若いルベンを26分で交代させた、非情なさい配。ベンチで涙を流すルベンの姿をテレビカメラが捉え、ケイロス批判が巻き起こった。私もこの交代は、ルベンの心の傷を考えると、あまりに無神経であったと思う。下部組織出身で若手の面倒をよく見ていたデル・ボスケなら、あり得なかった交代だろう。
例えば2月7日のマラガ戦で、腹痛のベッカムを最後までプレーさせたこと。しゃがみ込み、腹を押さえて訴えるベッカムを、ケイロスは15分間も放置した。交代枠が1つ残っていてベンチには、グティ、エルゲラが控えていたにもかかわらずだ。
この非情さの裏には、ケイロスの下部組織不信がある。
■非常に用心深く、保守的な監督
「レアル・マドリーの選手が世界一なら、下部組織もそれと同じレベルになくてはならない」(『エル・パイス』)
これがケイロスの要求であり、2部リーグBに所属するレアル・マドリーBは、無論この水準を満たしていない。いや、マンチェスター・ユナイテッドだって、ユベントスだって、アヤックスだって、そんな下部組織を持っているわけがない。
「若手を育てるために負けた、とはレアル・マドリーでは言えない」(同)
ケイロスにとって、試合は若手の育成の場ではない。「(育成には)辛抱強く、時間をかけるしかない」と言いながらも、もしできるなら若手を使うリスクを避けたい、というのが本音ではないか。
また、こんなことも言っている。
「選手を交代させると、『試合は終わった』と残りの選手の気が緩む。逆に、相手チームは『もう失うものがない』と、かさにかかって攻めてくる」(同)。
ケイロスは大差の試合でも、なかなか3つの交代枠を使い切らない。ローテンション制を導入して、ロナウドやベッカム、ジダン、ロベルト・カルロスらのレギュラーを休ませることもしない。判を押したように、手持ちのスーパースターたちをスターティングメンバーに並べ、そのまま試合を終わらせようとする。常にベストメンバーで戦うのは、相手と味方に与える心理的影響までも配慮した、ケイロスならではの慎重策なのだろう。
非常に用心深く、保守的な監督だと言える。
<後編に続く>
|
|
|
サッカーに関するブログエントリ
|
 |
|
|
|
Copyright (c) 2012 Y's Sports Inc. All Rights Reserved.
|
|
|

|