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川本暢の「欧州サッカー徒然的視線」 中村俊輔に足りないものは何か(前編)
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ユベントスのホーム、スタディオ・デッレ・アルピ。真冬の寒さが体に染み込んでくる【Photo by 川本暢】
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■中村への肯定的な評価は、本当に正しいのか?
「孤独は一番の友だちだと思う時がある。孤独と仲良くできた時に僕らは幸福を覚えるような気もする。今、君はそれができるところにいる。そこは君だけの空間なんだもの。誰もそこには踏みいることはできない。鍵を持っているわけだろ、君だけが。鍵(かぎ)をかけて出かけて、鍵を開けて戻る。宝箱のような空間だね」(辻仁成『愛をください』)
2003年1月12日、スタディオ・デッレ・アルピで行われるユベントス対レッジーナの一戦を見るために、私は朝早くジュネーヴを出発した。トリノまで車を走らせる道中、何本ものトンネルを抜けて、ブルーやグレーの空の色を幾つも数えて、3時間の道のりをやり過ごした。
今年最初のサッカー観戦にこの試合を選んだのは、中村俊輔のプレーを自分の目でじっくり見ることが最大の理由である。そして、日本のサッカー雑誌やインターネットサイトで語られている中村への肯定的な評価が、本当に正しいのか確かめてみるために、私はスタジアムに向かった。
午後3時で気温2度の寒さは、自然と体に力を込めさせ、唇を真一文字に引き締める。デッレ・アルピは満員で約7万人収容できるスタジアムだが、下位に低迷するレッジーナとの一戦にしては、駆けつけたユベンティーニは多かったように思う。メーンスタンドの3階席前列に座って、中村の登場する瞬間を私はじっと待った。
強敵ユベントスを相手に、レッジーナは中村のポジションを下がり気味の左ボランチに据えた。後半に入って、中村は2列目のポジションに位置する。それが逆に、ユベントスに付け入るスキを与えてしまう。読者もご存じの通り、試合はユベントスの圧勝(5−0)に終わった。今回のコラムでは、中村に焦点を当て記述してみたい。
■中田、小野のプレーと、中村のプレーの印象比較
以前にコラムで、ACミランのピルロの役割について述べたことがある。中村とピルロは、フィジカルの面であまり強くない共通点があるが、ピルロがミランでボランチとして活躍できているのは、後ろに控えるネスタやマルディーニのDF陣が強力であるから成り立っている。
一方、レッジーナのDFは、元イタリア代表のピエリーニ(185センチ)やフランチェスキーニ(188センチ)など高さに強い選手はいるが、一対一に長けているわけではない。したがって、中村は必然的にサイドをカバーし、ペナルティエリア前でプレスに行かざるを得ない状況になる。86分に中村がベンチに下げられた理由は、このような前半の守備の負担が、彼の運動量を消費させたからだ。
ボランチの中村は、左右にボールを散らせて、そのボールを受けた選手が次にだれにボールを渡すのか手で合図を送って指示を出す。左右のコーナーキックやフリーキックは、中村がほとんど蹴る。パスの正確さやボールを受けた後に体を入れてキープする間合いの取り方など、レッジーナの中ではだれも足下に及ばないうまさがある。確かに、中村はこのチームでサッカーセンスはずば抜けている。でも残念ながら、いまの中村には、ただ、それだけしか見えてこない。
例えば、テレビ画面を通して見る選手のプレーと、実際のスタジアムの中で見るプレーとは違うものだ、と私は思っている。分かりやすく説明するために、中田英寿と小野伸二と中村を比較してみよう。
1)中田英寿は、テレビで見てもスタジアムで見てもより驚くプレーを見せる選手
2)小野伸二は、テレビで見るよりスタジアムで見た方がプレーの高度さを知らされる選手
3)中村俊輔は、テレビで見るのとスタジアムで見るプレーにあまり違いを覚えさせない選手
サッカー技術とそのセンスが際立っている中村が、私にこのような感覚をなぜ与えるのか。それには、2つの理由が挙げられる。
<後編に続く>
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