特別指定選手として2007年にFC東京の練習に参加。翌年、正式にプロ契約を交わすと、リーグ開幕戦でスタメン出場を果たす。以後、瞬く間に国内屈指のサイドバックに成長し、岡田武史監督(当時)率いる日本代表メンバーにも選出され、5月のコートジボワール戦でA代表デビューを飾った。8月には北京五輪のメンバーにも名を連ねるなど、左サイドバックの人材に悩む日本サッカー界の救世主的存在となった。
自身初のワールドカップ(W杯)となった南アフリカ大会でも全4試合に出場。グループリーグでは、カメルーンのエトー、デンマークのロンメダールら主力選手を見事に抑え、“エースキラー”として抜群の存在感を見せつけた。W杯での活躍を通して海外クラブからも注目を浴びるようになり、セリエAに昇格したチェゼーナへ期限付き移籍し、アジアカップで離脱するまで全試合にフル出場。アジアカップでも全試合にフル出場し、日本の優勝に貢献した。ここまでの活躍が評価され、大会直後に名門・インテルに期限付きで電撃移籍。世界最高のサイドバックになる目標に向けて、大きく前進した。
プレーの特長は何と言っても1対1の強さ。上背はないが、大型FWにも競り負けないフィジカルと身体能力の高さを併せ持つ。また、豊富な運動量と思い切りの良い飛び出し、そして相手のすきを突いて放つミドルシュートも大きな武器。守備の文化があるイタリアに渡ったことで、カバーリングやポジショニングにも磨きがかかった。
インテルに加入当初は控え扱いだったが、チームメートの出場停止などで得たチャンスをつかみ、シーズン終盤にはレギュラーを奪取。コッパ・イタリア優勝にも貢献した。7月には完全移籍を果たし、新監督のもとでレギュラー定着を目指す。