■俺たちは大会の主役のひとつだった
デポル時代には、CL準々決勝でミラン相手に世紀の大逆転劇を演じた【 Getty Images/AFLO 】 |
――ところが、リアソール(デポルティボのホームスタジアム)で奇跡が起きます
試合が始まる前にホテルからリアソールに向かう時、たくさんのデポルサポーターがスタジアムに向かっていたんだ。それで俺たちは「サポーターはまだあきらめていない」と感じた。試合が始まるころにはスタジアムは満員になっていて、皆がマフラーを振りながら「デポルティボ! デポルティボ!」と歌っていた。ピッチに入場した時には何か大きな力が湧いてくる気がしたよ。審判が笛を吹くころには俺たちも誰一人として、あきらめている奴はいなかった。そして、開始5分で俺がゴールを決めたんだ。こうして奇跡の試合は始まったのさ。
ルケが前半終了直前に3点目を入れるまではとても早く時間が過ぎていった。何しろ、俺たちはできる限りゴールを奪わなければ、勝ち抜くことはできなかったから。味方のDFがボールを持って攻撃を始めようとする時から俺は「早く前線にボールを送ってこい」と思っていた。俺たちのプレーはすべてゴールに一直線だった。どんなパスもドリブルも相手のゴールまでボールを運ぶためだけに存在していた。ミランも守備を固めていたから攻撃は簡単じゃなかった。だけど、あの夜は俺たちだけじゃなくて、リアソール、そしてサッカーの神様は奇跡が起こることを望んでいたんだ。 でも、3点のリードを奪って後半を迎えると時間が経つのがすごくゆっくりに感じた。ミランはかなり打ちのめされているように見えたけど、それでも彼らは残された誇りを持って攻撃してきたからね。だけど、残り15分くらいで俺たちの偉大な主将フランがとどめのゴールを決めたんだ。それからはもう、ミランの選手たちは顔を上げて立ち向かってこなかった。彼らはすっかり空っぽになってしまっていたんだ。
あの試合は絶対に忘れられるべき試合じゃない。サッカーでは何だって起きるということが証明された試合なんだから。
――でも、その後、準決勝でデポルはポルトに敗れてしまいました。アウエーで引き分けて、有利な形でホームでの2戦目を迎えたにもかかわらず
残念な結果だった。ポルトはとても組織的なチームだった。俺たちはアウエーでの試合を0−0で終えた。ホームでの試合も俺たちが主導権を持って進めていた。でも後半にPKで1点を奪われて、その後は彼らを上回ることができなかった。決勝は目の前にあったのに……。 あのシーズンは、優勝候補と言われていたチームがすべて敗れてしまう大会だった。だけど、俺たちは大会の主役のひとつだったと思う。何しろ本当に極端な試合を俺たちは何度もやったんだから。
■トラック野郎・パンディアーニ?
――ところで、あなたにはいくつかのニックネームがあります。ムニティスからのメッセージにもあったアニマル、リフレ(ライフル)、エリコプテロ(ヘリコプター)、あとは、ここに来る時に乗ったタクシー運転手は、「カミオン・パンディアーニ(トラック・パンディアーニ)」とも言っていました(笑)。どれが一番気に入っていますか?
カミオン・パンディアーニ(笑)? 仲間からそう呼ばれたことはないけど、世間の人はそんな風にも呼んでいるのか……。俺がトラックで練習に通っていたことがニュースになってさ。子供のころからトラックを持つのが夢だったから、デポルにいたころに買ったんだ。赤く塗装してあって、すごく格好いいんだ。
――そのニュースは聞いたことがあります。日本でも知っている人はいると思います。でも、トラックが大き過ぎて自宅がある住宅街に乗り入れることを禁じられてしまったんですよね?
そんなことまで知っているのかい(笑)? まいったな、そうなんだ。俺のトラックは大き過ぎて、ラ・コルーニャのほとんどの地区に入ることができなかった。道路を通っていいサイズよりもかなり大きいから、交通違反になってしまうんだ。だから、俺がトラックに乗れるのは高速道路を使って通うデポルの練習場への道だけになっちまった(笑)。それでもトラックに乗っている時はかなり気分がいいよ。 もちろん今も持っているけど、今日は乗ってきてないよ(笑)。練習場の駐車場には入りきらないから。
――話を元に戻しましょう。ニックネームについて聞かせてください
ニックネームはすべて気に入っているよ。アニマル、ライフル、ヘリコプターは普通の人のためのあだ名じゃないけどね。もしも俺がFWじゃなかったら、こういうニックネームは欲しくない(笑)。
――アニマルというのは野性的にゴールに向かうという意味で、ライフルはゴールハンターという意味ですよね。そして、ヘリコプターというのはあなたの空中戦の強さから来たんでしょう
そうだろうね。アニマルというのはチームメートから呼ばれることが多い。親しみを込めて呼んでくれていると俺は思っている。ペットって感じじゃないけどな。ライフルは一発でゴールを仕留めるってことでエスパニョルにいた時に呼ばれていた。ヘリコプターはだいぶ昔からだね。実はウルグアイにいたころからそう呼ばれていたんだ。
■学生のころはバレーボールでウルグアイ1位に
――若い時からジャンプ力は飛び抜けていたんですか?
ああ。何しろ、学生のころはバレーボールでウルグアイ1位になったことがあるんだ。若いころはもちろんサッカーもしていたけど、バレーボールも好きだった。町の大会に出たらそこで優勝して、県の大会に出場したんだ。県大会のリーグ戦では1戦目には負けたけど、それからは全勝したよ。全国大会で優勝するまでね(笑)。もちろん、チームメートにも恵まれていたことは言うまでもないけど、俺はチームの主力アタッカーだった。俺はバレーボールの世界では背は高い方じゃないけど、ほかの選手よりも空中に長い時間留まっていることができたんだ。
――全国一のチームの主力アタッカーなら、バレーボールでも活躍できたんじゃないですか?
どうだろう、今となっては分からない。でも、ウルグアイではバレーボールで生計を立てていくことは難しい。サッカーの方がはるかに多くのお金を稼ぐことができるし、やっぱり俺が最も真剣に打ち込んだのはサッカーだった。今ではバレーボールはオフシーズンに遊びでやるくらいだね。
<続く>
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