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宇都宮徹壱
Tetsuichi Utsunomiya
1966年福岡県生まれ。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、欧州を中心に「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旧共産圏のうらぶれたスタジアムと、現地で飲む酒をこよなく愛する。著書、『幻のサッカー王国』『サポーター新世紀』(いずれも勁草書房)。近著に『ディナモ・フットボール』(みすず書房) |
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■ユーロ2004は「ヒーロー不在」の大会
「もしもこのままギリシャが逃げ切ったら、一体どうなるのだろう……」 75分、ハーフウェーラインからフィーゴの絶妙なアーリークロスを受けたクリスティアーノ・ロナウドが、ギリシャGKニコポリディスと1対1になりながらも、そのシュートが大きく枠を越えた瞬間から、私は「今後のこと」について、あれこれ想像をめぐらせるようになっていた。
リスボンはルス・スタジアムで行われているポルトガルとギリシャによるユーロ2004(欧州選手権)決勝。スタンド観戦を断念せざるを得なかった私は、オリエンテ駅近くにあるファン・パークの大型ビジョンでの観戦を試みたのだが、これまた満員御礼で入場できず、仕方なしに付近のクラブ兼バーのような店で大会の結末を見極めることとなった。周囲でかたずをのんで画面に見入っていた地元サポーターは、前半こそ元気よく代表に声援を送っていたものの、57分にギリシャがコーナーキックから先制してからは、にわかに不安といら立ちを隠し切れなくなっている。
そう、ポルトガル人の誰もが、この決勝の行方を楽観していた。かくいう私もまた、楽観していた。どうせポルトガルが優勝して、めでたし、めでたしなのだろう――と。だが、試合展開はどう見てもギリシャ優位で進行しているではないか。 あのギリシャが、これまで国際大会に出ると“負け”だった、あのギリシャが欧州王者? 今後4年間、欧州の中堅国でしかないギリシャに「ヨーロッパ・チャンピオン」という肩書きが付くことに、果たしてどれだけのサッカー・ファンが納得するだろうか。あるいはギリシャ人自身が、そのことに重荷を感じてしまうことはないのだろうか……。
仮に彼らが今大会で優勝したとして、それでは大会MVPに輝くのは誰なのだろう? GKのニコポリディス? それとも今日の決勝ゴールを決めたカリステアス? はたまたディフェンスの最後尾で堅守を支えたデラス? いずれも素晴らしい選手ではある。が、どうもしっくりこない。4年前のフランスのジダン、8年前のドイツのザマー、12年前のデンマークのブライアン・ラウドルップ……彼らのような大会を象徴する「顔」というものが、今大会ではまったくといってよいほど見えてこないのである。 結局、その後スコアは動かないままタイムアップ。その瞬間、ユーロ2004は「ヒーロー不在の大会」となることが確定した。
■やはりポルトガルには「優勝」は似つかわしくない?
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| 今大会の決勝は地元サポーターにとって信じがたい結果に終わってしまったが……【 photo by 宇都宮徹壱 】
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試合後、海から吹いてくる心地よい夜風を受けながら、オリエンテ駅に向かう。すれ違うポルトガルの人々の表情は、さまざまであった。泣いている人。怒っている人。あきらめ顔の人。放心状態の人。無理やり笑顔を作っている人。時おり散発的に「ポルトゥガール! ポルトゥガール!」の掛け声が聞こえてくる。
開催国・ポルトガルは敗れてしまった。だが、ある意味で「サウダージ(寂しさ)」という言葉がぴったりはまるような、いかにもポルトガルらしい大会の終わり方だったのかもしれない。フィーゴやルイ・コスタ、フェルナンド・コウトといった黄金世代は、残念ながら代表でのキャリアの最後を有終の美で飾ることができなかったが、逆に考えるならば、彼らの伝説を美しく彩る物語として末長く語り継がれることとなろう。 誤解を恐れずに言えば、そもそもポルトガルには「優勝」という言葉が似合わないのではないだろうか。それは私が愛するユーゴスラビア(現セルビア・モンテネグロ)がまさにそうだし、ユーロでは1度だけ優勝しているものの、スペインやオランダにも当てはまるかもしれない。だが、優勝しようがしまいが、彼らの営みとしてのサッカーは永遠に続くのだし、好不調の波はあっても、自らが理想とするサッカーに殉じるその潔さこそが、これらのチームの一番の魅力だったりもする。たとえタイトルとは無縁であっても、己の理想や美意識を曲げないチームがあってもいいと私は思う。決して勝利やタイトルのみが、サッカーの魅力ではないのだから。
そして遅ればせながら、今大会で見事にアンリ・ドロネーカップを掲げたギリシャ代表には、あらためて「おめでとう」と申し上げたい。このチームには、ヒーローもスーパースターも不在だし、これまでに輝かしい戦績やタイトルともまったく無縁であった。そんなチームでも、レーハーゲルのような優れた指導者に恵まれ、長期的視野に立った強化プログラムが施されたならば、このような望外の結果を手にすることも可能であることを、今大会のギリシャははっきりと証明して見せた。この事実は、たとえばスイスやラトビアのような他の中堅国にも、きっと励みになることだろう。 確かにギリシャには、運もあったし勢いもあった。だが、フランスやチェコ相手にマンツーマン・ディフェンスで対抗したかと思えば、今日のポルトガル戦のようにマンマーク+ゾーン・ディフェンスを敷いて相手ボールを的確に奪取したりと、対戦相手に応じた戦いができる好チームであったことも事実だ。以前、中田徹さんも指摘していたことだが、こうしたギリシャのチーム作りは、日本代表も大いに学ぶ点があるようにも思える。と同時に、今大会でのギリシャの台頭は、ヨーロッパの勢力地図に新たな一石を投じることは間違いないだろう。今季のチャンピオンズリーグでも明らかになったように、ヨーロッパのサッカー・シーンは今、巨大なうねりの中にあるのかもしれない。
■感謝、感謝のユーロ2004
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| 勝っても負けてもポンバル広場はお祭り騒ぎ。かくしてユーロ2004は閉幕した【 photo by 宇都宮徹壱 】
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地下鉄を3本乗り継いで、いつものマルケス・デ・ポンバル駅に到着する。優勝を果たせなかったポルトガルの人々は、静かに家路に就き、今夜の広場は実に静かであった――と思いきや、何だやっぱり連中は大騒ぎしているではないか。私は思わず笑いそうになった。要するに、勝っても負けても騒ぎたいわけですね、皆さん。
もっとも、4日前の決勝進出を決めた夜とは、同じ騒ぐにしてもどこか雰囲気が違っていた。これまでの熱く激しい祭典の日々を惜しむような、そこはかとなくサウダージを含んだ人々の熱気。それはさながら、高校の学園祭最終日の「後夜祭」のような甘酸っぱさが感じられて、明日帰国する私も少し切なくなってしまった。 ここで私は、ポルトガルの皆さんに心中より申し上げたいことがある。長い間、大会を盛り上げてくれて本当にありがとうございました、と。 確かに代表は残念な結果に終わってしまったが、それ以上に今大会の運営、そしてポルトガル国民の外国人観戦者に対するホスピタリティは実に見事なものであった。おかげで私もこの4週間、とても楽しく有意義な日々を過ごすことができたわけである。
これまで「ピレネー山脈の向こう側はヨーロッパではない」だとか「EU(欧州連合)のお荷物」だとか、さんざん揶揄(やゆ)されてきたポルトガルであったが、この大会を経験したことで彼らは大きな財産を手にしたはずだ。そして何より、代表チームの戦いに一喜一憂しながら、老いも若きも皆で祖国の名を連呼し、赤と緑の国旗を誇らしげに振りかざした経験は、きっと何世代にもわたって「美しき思い出」として記憶されることであろう。 今回の取材は悪戦苦闘の連続ではあったが、それでもポルトガルの人々の無邪気さと無垢(むく)なる親切心には何度も救われたような気がする。いつもはヨーロッパの東側をほっつき歩くことが多い私だが、このユーロを通じてポルトガルのさまざまな素顔に接することができたのは、本当に価値ある経験となった。その意味で、今大会のホスト国・ポルトガルには、あらためて感謝の言葉を申し上げる次第である。
そして、4週間の長きにわたって当連載を読んでいただいた皆さんにも、心から「オブリガード(ありがとう)」と申し上げたい。次の旅で、またお会いしましょう。
<了>
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