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宇都宮徹壱
Tetsuichi Utsunomiya
1966年福岡県生まれ。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、欧州を中心に「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旧共産圏のうらぶれたスタジアムと、現地で飲む酒をこよなく愛する。著書、『幻のサッカー王国』『サポーター新世紀』(いずれも勁草書房)。近著に『ディナモ・フットボール』(みすず書房) |
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■ブルガリア・サポーターの歓喜
大会3日目。昨日と打って変わって、リスボンの街は実に平和そのものであった。今日はグループCのゲームが2試合。ギマラインスでは17時からイタリア対スウェーデンが、そしてリスボンのジョゼ・アルバラーデでは19時45分からブルガリア対スウェーデンに試合が行われる。 今日は移動がないので、本当は夜までのんびりできるはずだったのだが、今後の試合に向けて、あれこれ移動の準備をしなければならなかった。駅に行ってダイヤを調べ、窓口に並んで英語ができない駅員と筆談で交渉し、ようやく予約チケットを確保する。それから遅い昼食を取っていたら、もう試合の時間が迫っている――毎日がそんな繰り返しである。
今大会は、地方都市への移動と宿泊の確保が、取材者と観戦者にとっての頭痛の種であった。レイリアやファロ/ローレは、リスボンからのアクセスが悪く、加えて当地での宿泊は絶望的であった。できれば大会期間中の寝床を確保しているリスボンに戻りたいのだが、試合後の行列に巻き込まれると終電を逃す恐れが十分にあった。 しかも各開催都市には、この手の大会には必須のインフォメーションセンターがほとんど見られず、勝手の分からぬ旅行者は右往左往するばかり。それは、首都のリスボンとて決して例外ではない。この日、私はリスボン−レイリア間のチケットを探していたのだが、さんざん窓口をたらい回しにされた揚げ句、結局バスで向かうしかないことが判明したのがキックオフの3時間前。何ともいえぬ空しさを覚えながら、この日のチケット購入を断念した私は、そのままジョゼ・アルバラーデへ向かった。
スタジアムを訪れると、すでにブルガリアとスウェーデン、両チームのサポーター同士による応援合戦は最高潮に達していた。ブルガリアは2大会ぶり2度目の出場。スウェーデンは2大会連続3度目の出場だが、前回大会はグループリーグ最下位。両者とも、今大会には期するものがあったのであろう。キックオフを待ちわびる高揚感は、まさにフットボールの祭典にふさわしいものであった。 とりわけ、ブルガリアからやってきたサポーターの数が、思いのほか多かったのは個人的にうれしかった。6年前にフランスで行われたワールドカップでは、ブルガリアを含む東欧諸国のサポーターの数は極めて限られていたからだ。ブルガリアも民主化から15年が経過し、すっかり落ち着いたのであろう。喜色満面で祖国の名を連呼する彼らの姿には、二重の喜びが感じられた。
■リベンジの舞台は整ったものの……
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| 試合会場で愛嬌(あいきょう)を振りまいていたイングランドの騎士団【 photo by 宇都宮徹壱 】
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ひとしきりサポーターの撮影を終えた私は、いったん中心街に戻った。今日のチケットのチケットは持っていなかったので、例によってバールでのテレビ観戦である。昨日、イングランド・サポーターが散らかしまくった中心街の広場が、すっかり元通りになっていたのには少々驚かされた。
さて、今日のカードで思い起こされるのが、10年前のワールドカップ・アメリカ大会での3位決定戦であろう。この時のブルガリアは、ストイチコフ、バラコフ、レチコフ、コスタディノフといった最強のメンバーをそろえて、あれよあれよという間にセミファイナルに進出。だが、彼らの勢いはそこまでであった。準決勝でロベルト・バッジョのイタリアに敗れ、迎えた3位決定戦でもスウェーデンに0−4という実に惨めな大敗を喫して、ブルガリアの新大陸での冒険は終わった。 マルティン・ペドロフ、スティリャン・ペドロフ、そしてベルバトフといった、ブルガリアの新世代を代表する選手たちは、この当時は13歳から15歳の多感な時期であった。きっと祖国の映りの悪いテレビで、英雄たちの栄光と挫折に見入っていたことだろう。彼らにとって、初の国際舞台出場となる今大会。初戦の相手が、あのスウェーデンであり、10年前にドレッドヘアをなびかせながらブルガリアを屠ったラーションが再びピッチに立つとなれば、これ以上のリベンジの舞台もあるまい。 この試合での見どころは、私にとって、まさにその一点に尽きた。
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| 久々の国際大会出場に意気揚々のブルガリア・サポーター【 photo by 宇都宮徹壱 】
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だが結局のところ、ブルガリアの若者たちがスウェーデンに立ち向かうには、まだまだ足りないものが多過ぎたようだ。前半こそは、リュングベリの1ゴールを許した以外はほぼ互角に戦っていたものの、後半はラーションの個人技になすすべもなかった。57分に左からのクロスに頭で合わせてネットを揺らすと、その1分後には右サイドからの折り返しに足から飛び込んで連続ゴール。78分には、リュングベリがドリブルで持ち込んでペナルティーエリア内でファウルを誘い、そこで得たPKをイブラヒモビッチが冷静に決めた。
4−0となった時点で、それまでゲームを注視していたバールの客が、一斉におしゃべりを始める。ふいに隣のイングランド人が、親しげに私に語りかけてきた。何でも以前、日本で英語教師をしていたとかで、日本代表の試合をよく観戦していたそうだ。 「この間のマンチェスターでの試合は、本当に感動したよ。日本はナカタもトダもいなかったのに、イングランドに引き分けたんだからね。そういえばトダは最近、代表には呼ばれていないそうだね。いい選手なのに。君、理由を知っていたら、教えてくれないか」 私が答えに窮している間に、アルベックがダメ押しの5点目を決めた。
かくして、ブルガリアの若者たちの国際舞台でのデビュー戦は、何ともほろ苦い結果に終わってしまった。個々のタレントはそろっているものの、まだまだチームとしての完成度と経験値が足りな過ぎたようだ。それでも、ストイチコフ世代に代わって登場した新しいブルガリアには、今後も注目していこうと思う。確かに今大会での彼らは、グループリーグ3試合で帰国の途に就くことになりそうだ。だが、このチームが2年後、さらに成長してドイツでのワールドカップに登場することを、私はひそかに期待している。
<翌日に続く>
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