ガンバ大阪、必然だった連覇=天皇杯漫遊記2009 (1/2)
決勝 ガンバ大阪 4−1 名古屋グランパス
■10年ぶりの優勝を目指す名古屋と連覇に燃えるG大阪
2010年、ワールドカップ(W杯)イヤーの年が明けた。今年最初の公式戦となる天皇杯決勝は、当然ながら多くのサッカーファンが期するものを内に秘めながら注目していることだろう。この日、国立の舞台に立ったのは、ガンバ大阪と名古屋グランパス。関東以外のチーム同士の顔合わせとなったのは、第83回大会(セレッソ大阪対ジュビロ磐田)以来、6年ぶりのことである。この日の東京は雲ひとつない快晴。まさに「晴れの舞台」にふさわしい空の下、両チームのコレオグラフィーが見事に映えていた。
G大阪も名古屋も、共に天皇杯優勝は2回。とはいえ前者は前回優勝チームであるのに対し、後者は第79回大会以来、実に10年ぶりとなる決勝進出である。名古屋はこれより4年前にも決勝進出を果たしているが、いずれも対戦相手はサンフレッチェ広島であり、そして当時の中心選手だったストイコビッチの活躍により、3−0、2−0と完勝してカップを掲げている。あれから10年。今度は監督として名古屋を率いるミスター(ストイコビッチ監督の愛称)にとって、そしてタイトルからすっかり縁遠くなっていたチームにとっても、今回の決勝進出は極めて重要な意味を持つ。加えて、ベスト4で敗退したACL(AFCチャンピオンズリーグ)に再チャレンジするためにも、名古屋としてはこのファイナルに勝利して、残り1枠となったACL出場権を獲得したいところだ。
こと「ACL」という観点でいえば、今季J1を3位で終えているG大阪は出場権を確保している。しかし、過去2シーズンで複数タイトルを獲得している彼らにとり、09年を無冠で終えることは何としても避けたいところであった。それと同時に、ディフェンディングチャンピオンとしての誇りと、歴代7チーム目という天皇杯連覇という大きな目標もある。このところ「優勝すればACL」というフレーズが必要以上に先行している感のある天皇杯だが、純粋に目の前のタイトルを目指す姿勢こそが、本来求められるものであろう。その意味でG大阪も、このタイトル獲得に静かに燃えていた。
他方、この対戦を決勝の当事者と同じくらい“当事者意識”で注目していたのが、広島の関係者およびサポーターである。今季をリーグ4位で終えた広島は、G大阪が優勝した場合にのみ、繰り上げでアジアへの切符を手にすることができる。その相手が、過去2回の天皇杯決勝で屈している名古屋であったのは、何とも因縁めいたものを覚える。そんなさまざまな思惑が交錯する中、2010年最初のホイッスルが鳴った。
■ケネディをいかに生かすか、封じるか
試合は序盤から動く。前半6分。タッチラインからG大阪がスローイン。ここから遠藤保仁、二川孝広、山崎雅人とつないで、最後はルーカスが素早いアクションから右足ワンタッチでゴール右隅にきれいに決めて見せる。まるで鳥かごの練習のように、名古屋ディフェンス陣の間隙(かんげき)を突いてパスがつながり、あれよあれよという間にネットが揺れる。ストイコビッチ監督が「ショッキングなゴール」と語るのも、無理もないだろう。
この日のG大阪は守備でも際立っていた。中澤聡太と山口智のセンターバックコンビが、中央でそびえ立つケネディにほとんど仕事をさせない。と同時に、両サイドをしっかりケアすることで、ケネディへのクロスの供給路を断つことにも成功。「ガンバのディフェンスは人に対してでなく、いかにボールに対して全体がプレスをかけてポジションを取れるかということ。だからケネディ、ケネディということはまったく強調していない」とは試合後の西野朗監督の弁。とはいえ、ケネディが名古屋の大きな武器であり、ここを封じることで失点のリスクを排除できることは明らかであった。
実際、ケネディを封じられた名古屋は、一気に攻撃のバリエーションが減少する。そこで吉村圭司や玉田圭司が強引なドリブルから打開を図るが、青い守備網はやすやすとは破れない。それでも40分、ついに名古屋はこの試合で初めて「自分たちの形」を作り、ゴールにまで結実させる。右サイドの玉田が二川のマークを振り切ってピンポイントのクロスを供給。これを高さで勝るケネディが頭で折り返し、中村直志がヘディングで決めて同点とする。玉田のクロスも中村のシュートも素晴らしかったが、それ以上に決定的だったのがケネディの高さだ。ふと、06年W杯のオーストラリア戦での失点シーンがよみがえる(あの時は、GKとの競り合いで生まれたセカンドボールをケーヒルがゴールに結び付けた)。194センチの長身を生かした、まさにケネディの真骨頂と言えるプレーである。
ケネディをいかに生かすか、あるいは封じるか。それがこの試合のキーポイントであった。G大阪がチームとして心掛けていたのは、ケネディをゴール付近に接近させないことである。そのために、ラインを高く保つことを常に念頭に置きながらプレーしていたのだが、そのプランがこの失点で一気に崩れたかに思われた。だがベンチの西野監督も、そして選手たちも、決して慌てていたわけではなかった。
「極力、ラインを下げないことを、最後まで徹底してやっていました。ああいうターゲットがセンターにいるのは、確かにディフェンスしづらい部分ではあるんですが、それも理解している上でのことだったので、あまりベンチも慌てませんでした」(西野監督)
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