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| キックオフ直前に見せた、レッズ・サポーターの見事なまでのマスゲーム【 photo by 宇都宮徹壱 】
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■浦和が天皇杯覇者となった理由
「25年間取れなかったタイトルをついに取ることができた。われわれは、一つの歴史を書き加えることができたのだと思う」
試合後の会見に臨んだブッフバルト監督の言葉は、どこか感極まったものが感じられた。このチームを率いて2年。昨季のJリーグ・セカンドステージ優勝こそあったものの、真のタイトル獲得は今回が初めてである。それだけに、感慨もひとしおだろう。 ここであらためて、浦和が天皇杯覇者となり得た要因について考えてみたい。 確かに浦和は、各年代の代表クラスの選手をそろえながらコンビネーションを高めてきただけに、選手個々の力量においても、チームとしての練度においても、はるかに清水を凌駕(りょうが)していた。しかしながら、今季の浦和が決して順風満帆なスタートを切ったわけではないことは周知の通りである。シーズン開幕直前に山瀬功治が横浜F・マリノスに電撃移籍。さらにシーズン前半で、攻守の要であるエメルソンとアルパイを放出することとなり、チーム作りの根底が崩壊しかねない状況に追い込まれた。
そこでフロントは、即座にポンテとマリッチの獲得を決定する。そして2人とも、加入後すぐにチームにフィットし、リーグ後半の巻き返しに大いに貢献。特に、この天皇杯におけるマリッチの大車輪の活躍ぶり(5試合6ゴール!)は、監督をして「この大会はマリッチのための大会」と言わしめるほどであった。その言葉に異論を挟む者はいないだろう。 ポンテにしてもマリッチにしても、決して世界的に有名な選手ではない。したがって、名前で客が呼べる選手ではないものの、それだけに移籍金も高くはない。結局、チームにとって重要なのは、その時点で足りなかったものを補完するプロフェッショナルの存在だ。こうした明確な目的意識と迅速な意思決定、そして選手のポテンシャルを見極める慧眼(えげん)を持ったフロントを有していたことが、今季の浦和の粘り強さを支えていたといえよう。
ただ、それにしても今季の浦和は、とりわけ守備陣においてアクシデントが多かった。アルパイの離脱に続いて、シーズン終了近くになってネネが負傷。さらに内舘秀樹もけが、田中マルクス闘莉王は母親の心臓手術に立ち会うためにブラジルに帰国し、気が付けばDF登録の選手は10代の新人が多数を占める状況になってしまった。 ここでブッフバルト監督が白羽の矢を立てたのが、ボランチが本職の細貝。当人も最初は戸惑っただろうが、それなりに無難にこなし、試合後には「このポジションをやってみて、ボランチにも役立つと思った」と、極めて前向きな発言をしているのが印象的であった。「どのプレーヤーも、与えられたポジションで何を求められているのか理解してくれている」と指揮官も語っていたが、こうした危機にあっても柔軟に対応できる選手の応用力もまた、今の浦和の強さの証ではないだろうか。
■天皇杯のステータスは守られた
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| 三菱重工時代以来、実に4半世紀ぶりの天皇杯獲得を決めたレッズの選手たち【 photo by 宇都宮徹壱 】
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再び、試合後の監督会見より。浦和のブッフバルト監督は、この天皇杯優勝の意義を、このように総括している。 「25年目にしてこのタイトルを取れたということ。それからもう一つは、アジアへの進出(アジア・チャンピオンズリーグ出場)が約束されたこと。このタイトルは、成功への始まりのタイトルだと思っている」
一方、敗れた清水の長谷川健太監督は、少しサバサバしたような表情でこう語る。 「選手たちはよく戦ってくれた。もちろん、レッズに負けるのは非常に悔しいですが、うちは選手も若いし、自分も監督1年目。そんなに簡単じゃない、ということだと思う」
それぞれの言葉に、うそ偽りはないと思う。結局のところ、両者ともに優勝を目指してはいたものの、勝利の向こう側に描いていたビジョンについては、やはり大きな隔たりがあったようである。「4半世紀ぶりのタイトル獲得」そして「アジア進出の足掛かり」を欲していた浦和。それに対して、若い清水には「今季、負け越している浦和に一矢報いたい」とか「ここでタイトルを取って来季につなげたい」といった、確かに切実ではあるものの、どこかつましさが感じられる願いを、この天皇杯に投影していたのではないか。
しかし、だからといって私は、ここで優劣を説くつもりは毛頭ない。そもそも、まったく異なるチーム事情でありながら、しかし立場は同じファイナリストというのが、リーグ戦とは大きく異なる、カップ戦の醍醐味(だいごみ)ではないか。それぞれ、求めるものが異なるのは当然。要は、その求めるものに対して、どれだけ真剣になって戦ったか、ということであろう。その意味において、両者は「ほぼ互角であった」と私は確信している。 だから、「今日は相手も強かったので、非常にいい試合になった。勝利はどっちに転んでもおかしくなかったが、こっちにちょっとツキがあったのだと思う」というブッフバルト監督の言葉も、決して社交辞令ではなかったはずだ。
むしろ私は、条件や目標が異なるものの、それでも両者が息をつかせぬ真剣勝負を演じてくれたお陰で、天皇杯が本来持っているステータスがあらためて浮き彫りになった。そのことについては、私は大いなる満足を感じると同時に、浦和と清水の選手、スタッフ、そしてサポーターの皆さんに、ささやかな感謝の気持ちをお伝えしたいと思う。 サッカー界のカレンダーが過密になるにつれ、その存在価値や「元日・決勝」の意義について、あれこれ否定的な意見が聞かれて久しい天皇杯。だが、個人的な意見としては、どんなにフットボールの世界がグローバル化しようとも、やはり日本サッカー界固有の季節感は順守してほしいものだ。そして「天皇」の名を冠している以上、このタイトルの重みというものを、各クラブはもっと真摯(しんし)にとらえてほしいと切に願う次第である。 結局のところ、チームとしての実力もさることながら、今年、そうした切なる願いが最も勝っていたのが、浦和レッズであった。そう、今大会に参加した6000近いチームの中で、このタイトルに最もふさわしい存在――それが、浦和レッズだったのである。
<この項、了>
宇都宮徹壱/Tetsuichi Utsunomiya 1966年福岡県生まれ。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、欧州を中心に「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旧共産圏のうらぶれたスタジアムと、現地で飲む酒をこよなく愛する。著書、『幻のサッカー王国』『サポーター新世紀』(いずれも勁草書房)。近著に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)
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関連リンク
・「物語」の超克 (05.12.30) ・天皇杯を戦う難しさ (05.12.25) ・北陸の冷たい雨に打たれて (05.11.04)
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