進化を続ける東芝・リーチの「変わらないもの」
ラグビーW杯で大活躍の23歳
■高校時代に来日 トンガ戦でマン・オブ・ザ・マッチに
2004年。札幌南高校ラグビー部の2年生だった井村達朗は、札幌山の手高校にやって来た留学生を見て思った。細長い外国人だな、と。
15歳で来日したその留学生は、当時、「身長178センチ、体重76キロ」のようだった。が、道内の大会や地域選抜チームの合宿の度に顔を合わせる井村を驚かせた。またでかくなっている、と。
身体は変わった。でも、変わらないものもあった。
2011年9月、母国のニュージーランドでのラグビーワールドカップで日本代表となったその人、マイケル・リーチは、公式データに「身長190センチ、体重103キロ」との数字を刻んだ。
大会では予選プール全試合でスターティングメンバーとなった。特に、9月21日、地方都市のファンガレイであったトンガ代表戦。向かってくる相手の持つボールに腕を絡めた。守備網を蹴破ってトライを決めた。俊足を生かしてピンチの場面に駆けつけた。チームが18対31と敗れるなか、マン・オブ・ザ・マッチとなった。
今日のプレーはすごかったですね。ゲーム後のミックスゾーンで聞いたジャーナリストたちの感想には、少し間を置いてつぶやいた。
「……これが、ラグビー」
■激しいプレーと裏腹の謙虚で慎ましい人柄
札幌時代のことだ。遠征などの際、リーチは皆の忘れ物がないかを確認し、いつも最後にバスを降りていた。2007年に進学した東海大では、寮内の「忘れ物箱」にあった持ち主不明のウエアや靴を、しばし引き取っていたようだ。同じ高校の後輩だった斉藤春樹(明治大)、大学の同期だった豊島翔平(東芝)がそれぞれ証言していた。
謙虚。慎ましい。各種報道では、留学生のそんな表情が強調された。事実、幼なじみのイーリ・ニコラス(パナソニック)でさえ「遠慮をする人。ただで何かを受け取るのは嫌だったようです」と、その印象を語っていた。
もっとも本人は、「うれしいけど、ちょっと褒めすぎかな」と下を向いた。大会を通し、自身の動きを「まだまだ」と思うのだった。
■第1節のトヨタ戦で活躍も「俺はナンバーワンじゃない」
9月末に帰国。春から入部していたトップリーグの強豪、東芝に初合流した。基本的に代表組の合流時期は各自に任されていたが、チームの鹿児島合宿には初日の10月1日から参加した。少しでも早くクラブになじみたいからと、疲れた身体にムチを打った。
その様子を、主将の豊田真人は熱っぽく振り返る。
「選手としてのポテンシャルについては知っていたけど、その人間味が良くて。ミーティングでも一番前に座っていた。『やるぞ!』って思いが、東芝愛が伝わってくるんです」
10月30日、愛知県の瑞穂ラグビー場。トヨタ自動車とのトップリーグ第1節から、背番号「7」をつけたリーチは先発出場した。球を持てば大きなストライドで何度も芝の上を駆け抜け、自分を捕まえようとする相手はそのまま、引きずった。フル出場した。
鉛色の空の下、何人かの新聞記者に囲まれた。満足できましたか。「いや、できないです」。楽しめましたか。「体力があれば、もっと楽しめる」。景気の良い記事を書くための「コメント」を取りに来ただけの人はどう思ったか。ただ取材対象者の若者は、あくまで誠実に、正直に応対していた。
ワールドカップでは、他国代表で同じフランカーというポジションを務める選手たちのすごみを知った。ただでさえ謙虚とされていたアスリートが、自分より上の存在を間近で見てしまったのだ。リーチにとってのトップリーグは、自己満足のための空間ではない。自分と世界との差を埋めるための、修養の場かもしれなかった。
身体が変わっても、変わらない資質は。帰り際に聞かれ、23歳の若者は即答した。
「俺はナンバーワンじゃない、と思っているところ。高校のときからそう。皆、すごい、すごいと言ってくれるけど、まだまだ。だから練習もガンガンやる」
ファンがラグビー観戦に出かける。東芝の「7」を目の当たりにする。驚く。試合後、声をかけてみる。それに対して本人はきっと、やや猫背気味の背中をさらに丸め、うつむき加減でサインを書く。
<了>
・【プロフィール】マイケル・リーチ(日本代表) (2011/11/3)
・「接点」で圧倒された日本が完敗=トンガ戦解説コラム (2011/9/21)
・トップリーグ日程・結果 (2011/11/3)
・東芝ラグビー部公式サイト(外部) (2011/11/3)




