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乗峯栄一
スポーツナビ

「コーチされ屋」に会いたい……ああ、宮沢りえにコーチしたい (1/4)
乗峯栄一の「競馬巴投げ!第10回」セントライト&ローズS編

2011年9月17日(土)

■(たぶん)小学生相手に飛車角落ちで挑むも……

セントライト記念はダービーでも本命にしたベルシャザール! パワー型だけに中山はむしろ合うはず
セントライト記念はダービーでも本命にしたベルシャザール! パワー型だけに中山はむしろ合うはず【写真:乗峯栄一】

 競馬マスコミの端くれに参加したおかげで、競馬好きのプロ将棋棋士(棋士には競馬好きが多い)と知り合う機会にも恵まれている。一番の知己はスーパー四間飛車で有名な小林健二九段だ。

 将棋関係の、生まれてこの方最大の出来事は、その小林九段の関連で10年ほど前に起きた。小林九段の弟子の一人が四段に昇進し(将棋界では四段からプロ棋士と認定される)その祝賀パーティーが開催される。初めて知ったが、将棋棋士の一門パーティーというのは楽しい。本パーティーの二時間ぐらい前から、会場脇の部屋で、小林九段の弟子十数人が総出で指導対局多面指しをやる。参加者は素人といっても、ほとんどが小林九段の将棋塾の生徒で、だからプロやプロ候補生を相手にしても平手か角落ち、悪くて飛車落ちがいるぐらいだ。ぼくの専門は飛車角落ちだ。飛車角落ちでプロに勝てるよう、この日に備えてパソコン相手に鍛錬してきた。でも九段の弟子の前に座って「飛車角落ちでお願いします」というのが言いにくい雰囲気なのだ。

 グルグル回っていると、会場の隅に、小さい子(たぶん小学生だ)が盤を前に暇そうにしている。たぶん小林九段の末弟だろう。ラッキーだ。これならいけるに違いない。子供をいたぶるのは本意ではないが、まあこの際仕方ない。
「飛車角落ちで」と言うと、「ああ、いいですよ」と言って小学生が飛車と角を駒袋にいれる。小学生だぞ。その鷹揚な態度、どうにも癪に障る。
 まあまあ、小学生とはいえ、プロ棋士の卵なんだからと心を抑え、かねて修行の成果を見せるべく指し進めていくと、あれ? おかしい。え? オレの玉、詰んでるやないか。

 盤を見つめたまましばらく声が出なかった。しかし教養を積んだ45歳はさすがに違う。このピンチの場面で「将棋は人生修養の場」という言葉を思い出す。こういうときこそ懐の深さを見せなくてはいけない。それが研鑽を積んできた人生経験者としての務めだ。

■「ううう」45歳研修生、不覚にも嗚咽を漏らす

「どこが悪かったんでしょう?」

 盤の上で駒を握りしめたまま声を出したが、運悪く痰が喉につまっていて声がうまく出ない。
「はあ?」というプロ棋士卵の声に顔を上げると、ああ、いまでも忘れない、その小学生指導者は横のテーブルに置いてあるケーキを食べていた。フォークで一かけらを口に入れようとしていたが、既に口の周りにはクリームがベットリ付いていた。
 それでも人生研鑽者は瞬時に内省する。いけない、こんなことでムッとするような、そんな狭い了見だから将棋が上達しないんだ。向こうは小学生とはいえ、少なくともアマチュア四、五段の力はある上位者、こういうときにこそ、教えを乞うという謙虚な気持ちを忘れてはいけない。

「どこが悪かったのか、教えてもらえますか?」

 45歳男は性根を入れ替えて再び聞く。

「あ。……まあ、練習することですね」

 小学生プロ卵はケーキ皿のフォークを舐めながらそう言った。

「そうですね、練習ですよね、ははははは。そうですよね、……練習しないと、……いけないですね」と言ったあと、未上達男は不覚にも駒握ったまま絶句する。

「あの、ケーキ食べます?」と小学生師匠が言う。

「は?」

「もう一個、あるんですよ、どうぞ」と小学生師匠はケーキの乗った皿をこちらに出してきた。そのケーキを一口食べると、45歳研修生は不覚にも「ううう」と嗚咽を漏らしてしまった。

 <続く>


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