木崎、五輪へ一歩リードも先の見えない女子マラソン=横浜国際女子マラソン (1/2)
来年のロンドン五輪では2時間22分台前後の記録を持って戦いたいという日本陸連強化委員会の思惑で、ペースメーカーをつけての五輪代表選考レースとなった11月20日の横浜国際女子マラソン。ゴール直前まで続いたつば競り合いを制し、木崎良子(ダイハツ)が逆転優勝を果たした。尾崎好美(第一生命)は2位に終わった。
■高温でスローペース 記録の期待は早々に消える
今大会、記録への興味は20キロまでいかないうちに薄れてしまった。スタート時の気温は22度で湿度は56%。この時期にすれば異例の高温で、日差しを浴びれば暑さを感じる気象条件だが、最初の5キロは17分00秒で通過。このままうまく流れを作れば、予定の16分50〜55秒ペースからは遅れるが、25キロまでは5キロを17分そこそこのペースで押せるだろうと思えた。
だがその期待は8キロ付近から揺らぎ始めた。3人いたペースメーカーの一人であるウォルハ・クラウツォワ(ベラルーシ)が遅れ始めたからだ。
その後も無理をして引っ張る感じだった森祥子(大塚製薬)が12キロ手前で足を引きずって走るのを止める。一人だけ残ったアルビナ・マヨロワ(ロシア)が役目を果たそうと頑張り、15キロまでの5キロを17分02秒に引き上げたが、徐々にペースを落とし始め、19キロでレースから離れてしまったのだ。
すると、木崎を先頭にして尾崎、永尾薫(ユニバーサルエンターテイメント)、宮内宏子(京セラ)、ロベ・グタ(エチオピア)で形成する集団はけん制状態に入ってしまい、20キロまで5キロのラップタイムは17分37秒。その後もペースはみるみると落ちていった。一時は、先頭集団から35秒も離されていたマーラ・ヤマウチ(英国)が22.5キロで追いついてくる状態で、25キロまでのラップは5キロ17分56秒まで落ち込み、記録の期待はほぼできなくなってしまったのだ。
■尾崎の不調が、後半勝負の展開を生んだ
その要因のひとつには、優勝候補の尾崎が本調子ではないことにあった。
「世界選手権(韓国・8月)からの期間が短かったのは悪かったと思っていないが、9月、10月でモタモタしてしまったのが体調の上がらなかった原因だと思う」
こう言う尾崎は、周囲のスタッフから出場レースを変えればとアドバイスされたが、「例えレースをずらしても完璧に仕上げる自信もない」と、前回優勝していた地元開催の横浜への出場を強行していたのだ。
そのため今回は、記録を狙うのではなく勝負に徹するという気持ちになっていた。そんな思いだったため、25キロ手前からヤマウチが引っ張り始め、30キロまでのラップを17分18秒まで戻してくれたのにも乗れなかった。木崎と尾崎、ヤマウチの3人だけになった35キロ以降のラップも5キロ17分43秒と低迷したのだ。本命の尾崎が動かないため、木崎も動けなかった。
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