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コラム

女子マラソンで原が見せてくれた勇気 (1/2)

2005年08月15日
(折山淑美)

女子マラソンはラドクリフ(左)が優勝。日本は原裕美子(423)の6位が最高。写真は13キロ付近でラドクリフらと先頭争いをする原=ヘルシンキ市内
女子マラソンはラドクリフ(左)が優勝。日本は原裕美子(423)の6位が最高。写真は13キロ付近でラドクリフらと先頭争いをする原=ヘルシンキ市内【 共同 】

ラドクリフに付いていった原

 尾方剛(中国電力)が銅メダルを獲得し、高岡寿成(カネボウ)が4位と、日本男子が3大会ぶりにメダルを獲得した男子マラソン。女子マラソンは、その勢いをどうつなげるかと期待された。8月14日は朝から霧雨が煙る天候。だが風はなくて肌寒さも感じず、湿度も高い、マラソンにとっては好条件に恵まれた天候になった。

 このレース、昨年のアテネ五輪代表選手が誰もいない日本勢は苦戦も予想された。実力的には頭一つ以上抜けているポーラ・ラドクリフ(イギリス)と、それに続く2003年世界陸上チャンピオンのキャサリン・ヌデレバ(ケニア)が出場し、彼女たちが力どおりの走りをすれば、金、銀はもう決まっているような状態。その中で日本勢が、最後に残された1個のメダルを獲得するには、よほど頑張らなければいけないという厳しい状況だった。

 まだ雨が残る午後2時20分、ヘルシンキ市庁舎前の広場をスタート。ラドクリフが予想どおり、1キロまでいかないうちにトップに立ってレースを支配し始めると、日本勢では最年少の原裕美子(京セラの)がそれに付いた。
「試合前に(会社の)名誉会長から、『周りはベテランだらけだけど、それにビビることなく積極的に行ってほしい』と言われていたんです。それに、昨日の男子のレースを見てメダルを狙うなら最初から行かなきゃダメだと思って。そのときに行くことを決めていました」



世界陸上までの苦しい道のり

 原の世界陸上までの過程は順調ではなかった。4月に右足踵の痛みで1週間ほど練習を休んだのを皮切りに、6月上旬の日本選手権のころにも10日間ほど練習を中断。7月10日ごろにもケガのために練習を休み、その直後の40キロ走をできなければ、代表を辞退するところまで追い込まれていた。

「でも、その前に会社で壮行会も開いてもらったし、いろいろな人から応援メッセージももらっていたらか、あきらめるわけにはいかないと思っていました」
 と、苦しみながらも40キロを走り抜いた。

 レース前に大森国男監督から指示されていたのは「表情に気をつけて走れ」ということと、「前から8番目くらいを走り、日本人選手をマークするなら誰か一人だけに絞れ」ということだけだった。



消極的な走りだった日本選手たち

 スタート直後は石畳で走りにくいから、前で走りやすい所を走ろうと出てみた。すると後ろには誰もいなくなり、思い切りよく「行くしかない」と決断した。
「最初の1キロが3分25秒だったから、名古屋(国際女子マラソン)のときより遅いなと思って付いていったら徐々に速くなってしまって。途中でペースを落としてくれないかなと思って走ってたけど、付いちゃったから行けるとこまで行くしかないし。それに、同じ負けるなら、積極的に行って負ける方が気持ちいいと思いましたから」

 1キロを過ぎて集団を引き離し始めたラドクリフと、それに付く原。2キロすぎにはアシャ・ジジ(エチオピア)が追いつき、3人のトップ集団が形成された。だが、ほかの日本選手は第2集団に入るのではなく、その後ろの第3集団で走る消極的な走りになっていた。
「アップダウンのあるコースでのレースをあまりやったことはないし、あのハイペースに付いて行っても走り切れないと思ったから。今の状態なら2時間28分かかるのではと思っていたけど、ハーフを私たちでも1時間12分を切るくらいでいってたから、前の選手が落ちてくると思ってました」
 最終的には8位まで順位を上げるのが精いっぱいだった弘山晴美(資生堂)の言葉が、彼女たちの意識を代表している。

<続く>

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