コラム

谷敗れる波乱、女子五輪代表は優勝者1人の大荒れ=柔道体重別リポート
“慢心”野村敗退、危機意識高い鈴木、平岡らと明暗分かれる

2008年04月07日
折山淑美


選抜体重別柔道女子48キロ級決勝で山岸(左)に敗れた谷。6人の代表選手のうち優勝者は52kg級の中村1人だけという異常事態となった

選抜体重別柔道女子48キロ級決勝で山岸(左)に敗れた谷。6人の代表選手のうち優勝者は52kg級の中村1人だけという異常事態となった 【 写真は共同 】


 2008年全日本選抜柔道体重別選手権大会。全競技終了後の北京五輪代表発表が終わり、記者会見用のひな壇に並んだ女子選手6人のなかで、この最終選考会で優勝した選手は52kg級の中村美里だけだった。ちょっと異様にも見える光景。それを演出した代表が、48kg級代表の谷亮子だ。


■谷、敗因は「モチベーションを高められなかったこと」


 大会2日目の4月6日、谷の1回戦は見事だった。「始め」の声とともにつっかけ、足を飛ばして攻めにかかり、開始27秒で防戦一方になった相手の伊部尚子に“指導”を出させる。1分22秒には大外刈りで“技あり”を奪うと、その7秒後には「届かない」と思うような位置から相手を引きつけ、内股を決めて一本勝ちしたのだ。
 相手の揺さぶりにもまったく動じない、体の軸がどっしりした構えとスピーディーな動き。昨年9月の世界選手権以来の試合である彼女は、この大会へ向けてじっくりと仕上げてきた、万全さをうかがわせるような圧勝だった。
 だが準決勝の対浅見八瑠奈戦になると、少し様子が変わってきた。なかなか組み合えない状況のなか、開始44秒で相手に“指導”を出させたが、そこからも攻めあぐんだ。技らしい技をほとんど出せずに終わった試合は、負ける要素はまったくないものの、指導1だけの優勢勝ちだった。

 昨年敗戦を喫した福見友子が、故障の影響から1回戦で早々と負け、もう谷を脅かすものはいないと思えた。決勝は2年ぶりの出場だった昨年の同大会の準決勝で戦い、ゴールデンスコアで下した山岸絵美だった。
 この試合でも先手を取ったのは谷だった。開始34秒に送り足払いで“効果”を取り、彼女のペースに持ち込んだかに思えた。だが開始1分54秒、山岸が「狙っていたのではなく、あの瞬間に閃いた」という切れ味のある巴投げで谷を飛ばし、有効を奪ったのだ。
 そこからは一気に山岸のペースになった。そして3分06秒には、谷が無理やり出した大外刈りに反応し、大外返しで再度“有効”を取ったのだ。そのまま反撃できずに終わった谷は、昨年に続く準優勝に甘んじることとなった。

「大会前は調子が上がらず、試合どころじゃない感じでした。でも谷さんは絶対に勝ちたい相手だったから」
 山岸は、昨年とは別人のように力強さと切れ味を増していた。
 試合後、谷はこう言った。
「調子自体は悪くなかったし、自分の動きはどこも悪くなかったが、山岸選手の技も素晴らしかった。それに対して、モチベーションを高められなかったことだけが問題だったと思います」


■谷、敗れてなお北京金メダルへ不安なし


優勝を逃した谷だったが抜群の安定感と実績で北京五輪代表に選出。金メダル最有力であることは間違いない

優勝を逃した谷だったが抜群の安定感と実績で北京五輪代表に選出。金メダル最有力であることは間違いない 【 写真は共同 】

 谷は昨年の世界選手権で優勝を決めた時点で、北京五輪の代表を確実にしていたといっていいだろう。アテネ五輪のメダリストやヨーロッパチャンピオンなどと次々と対戦しなくてはいけない組み合わせながら、安定した柔道で勝ち抜いての勝利だった。だからこの試合でも、1回戦こそ無事に突破すれば代表確定ともいえる状況だった。彼女自身そこまで考えてはいなかっただろうが、1回戦で圧勝した時点で心の片隅には安堵するような気持ちが芽生えたのだろう。それがこのような結果となって表れてしまったのだ。
 だが、これで北京へ向けて不安が芽生えたというわけではない。本番になれば否が応でも集中力が高まる。彼女が1回戦のような気迫溢れる戦いをできる限りは、世界を見ても金メダルに最も近い選手だというのは間違いないだろう。

 だが他の階級では、故障などの影響で勝利できなかった選手が代表になるという不安を残した。ともにメダル争いに絡む力は持っているが、金メダルとなれば、もう一つ何かを積み重ねなければならないだろう。


■確実に金メダルに近いといえるのは鈴木だけか


最有力候補の野村(手前)は準決勝でまさかの敗退。五輪4連覇の夢を断たれた

最有力候補の野村(手前)は準決勝でまさかの敗退。五輪4連覇の夢を断たれた 【 写真は共同 】

 一方男子は、「珍しく」と言っていいほど代表選手のすべてが優勝者という結果になった。昨年の世界選手権の五輪階級ではメダル1個。出場枠も5階級で獲得できていないという危機感が、代表を狙う位置にいる選手の意識を高くした。
 特に60kg級の平岡拓晃と66kg級の内柴正人は、厳しい戦いを勝ち上がった。五輪4連覇を狙い、今年のドイツ国際でも2位になっている野村忠宏という絶対的なライバルがいた平岡は、昨年12月の嘉納杯から急激に安定感を見せてきた選手。今年も強豪が集うフランス国際で優勝したとはいえ、数多くの実績を持つ野村を上回るにはここで確実に勝つしかなかった。
 対する野村は「心のどこかに『代表になるのは俺だ。普通にやれば勝てる相手だ』という意識があったのかもしれない」と、彼らしい柔道を見せることなく準決勝で敗退した。平岡も決勝では硬くなって自分の柔道をできなくなったが、残り23秒に対戦相手の浅野大輔から大内返しで“有効”を奪って優勝。勝たなければいけない状況をしっかり乗り切って代表権を獲得したのだ。

 内柴も05年のこの大会以来優勝なしで、若手の秋本啓之の台頭に圧倒されていたが、五輪前になってやっと自分の柔道を取り戻した。さらに100kg級の鈴木桂治も、ケガなどでここしばらくはなりを潜めていた強さを取り戻し、ライバル・穴井隆将との決勝もゴールデンスコアに横四方固めで一本勝ちし、念願の「自分の階級での」五輪金メダルを目指せる位置に付いた。
 ただ北京をにらめば、確実に金メダルに近いといえるのは鈴木ひとりだろう。平岡や内柴、さらには初めて選考会を優勝して本番に臨むことになった90kg級の泉浩などは、この勝利をステップにしてさらに進化した状態で挑めば、可能性は大きくなるだろう。

<了>

折山淑美/Toshimi Oriyama
1953年1月26日長野県生まれ。神奈川大学工学部卒業後、『週刊プレイボーイ』『月刊プレイボーイ』『Number』『Sportiva』ほかで活躍中の「アマチュアスポーツ」専門ライター。著書『誰よりも遠くへ―原田雅彦と男達の熱き闘い―』(集英社)『高橋尚子 金メダルへの絆』(構成/日本文芸社)『船木和喜をK点まで運んだ3つの風』(学習研究社)『眠らないウサギ―井上康生の柔道一直線!』(創美社)『末続慎吾×高野進--栄光への助走 日本人でも世界と戦える! 』(集英社)『泳げ!北島ッ 金メダルまでの軌跡』(太田出版)ほか多数。

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