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【第6回】
「あらゆるメディア・コンテンツは自然と淘汰されてゆく」 (湯浅健二氏からの回答)
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メディアセンターの様子【Photo by 宇都宮徹壱】
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どうも、宇都宮さん。暦の上では残暑。それでも実際は盛暑。フ〜〜ッ!
ドイツ(プロ)サッカーコーチ連盟主催の国際会議から帰国したばかりで、ことのほかこの暑さが身にこたえる毎日です。オートバイでの移動が多いことで、ビルや車から吐き出される熱気を一人で吸収している……なんていう感覚にさえ陥ってしまったりして。あははっ……。
そんなところに、さわやかなメールが……。
「サッカーへの愛」。いい表現じゃありませんか。心の奥底まで快く染み込んでいきます。しみじみと堪能(たんのう)させていただきました。
■サッカーは「普遍的な魅力(価値)」を内包している
ワールドカップの後、多くの方々からこんなことを聞かれました。
「毎日の移動や観戦、その中での多数の原稿執筆にラジオ・テレビでのコメントなど、ワールドカップ期間中はさぞかし大変だったでしょう……」
私は、それに対し、こう答えることにしています。
「いやいや、心底ワールドカップを楽しんでいましたから、まったく苦になりませんでしたよ……」
ってね。
私も、サッカーが大好きなんですよ。何といっても、不確実な要素が満載ということで、最終的には、自己判断と自己責任で自由にプレーせざるを得ないというところがいい。オフサイドを除いて、ルールもシンプルだし、使う「用具」も最小限だから、見る方、やる方ともに、どんなレベルの人たちでも楽しめるサッカー。でも逆に、不確実性要素が満載でルール的な「自由度」が高いことで「奥ゆき」がものすごく深いサッカー。そして、表層と深層の間に広がる大きなギャップ。それがまたいい。
そんな、自由にプレーせざるを得ないからこそ問われる選手たちの「創造性」が、他の追随を許さない世界ナンバーワン・スポーツだという事実の背景にあると思うんですよ。私は、サッカーが、人生や社会にも投影できるだけの「普遍的な魅力(価値)」を内包していると確信しています。
これまで、自分自身を高めるためにさまざまな著述活動を続けてきました。そのオリジンは、代表的な著書と、インターネット上で展開している『湯浅健二のサッカーホームページ』に詰め込んだつもりです。それらすべてが私的データベースというわけです。
目標は、サッカーという理不尽なボールゲームのメカニズムをより明確にイメージできるようになること。もっと言えば、発想の「瞬発力」を高めることで、多岐にわたるサッカー現象のファクターのうちで最も重要なものを、素早く、正確にイメージできるようになること……なんて表現できるかもしれません。もちろんサッカーコーチとしてね。
■「真実」を歪曲するメディアは、自分のクビを締めている
さて、日本のマスメディアについて。
確かに、宇都宮さんがご指摘されるように、多くのプリントメディアや電波媒体の中には「??」というものもありました。もちろん大多数は「面白かった」ですけれどね。また、メディア全体が結託して(!?)、大義名分の「姿勢」をプロモートしようとする意図を感じたこともありました。これには閉口させられましたね。
先月末(2002年7月末)、ザールブリュッケンで行われたドイツ(プロ)サッカーコーチ連盟主催の国際会議に参加してきました。
ワールドカップ準優勝ということもあったのでしょう。参会者は1000人を超える盛況ぶり。彼らは、プロ、セミプロコーチの猛者(もさ)たちです。また講演者も、現役ドイツ代表コーチや現役のプロコーチ、また現場の第一線で活躍している研究者やアナリスト、はたまたジャーナリストなど、このところかなり充実してきています。
今回は、私もパネラーとして、壇上でのディスカッションに招待されたのですが、そこでこういう趣旨の発言もしました。
「日本が負けて、韓国が勝ち進んだときの日本メディアの報道には納得していない……彼らは『さあ今度は、共催パートナーでアジアの隣人である韓国を応援しよう』という一大キャンペーンを張ったんだよ……日本のメディアが結託した『マニピュレーション』というわけさ……そんなことは、生活者一人ひとりが、自身の判断で決めることなのに……とにかくそれは、日本のメディアが、まだまだ生活者を甘く見ていることの証拠だと思ったよ……もちろん韓国がものすごく頑張って、優れたサッカーを展開したことには敬意を表したいし、実際に多くの日本人が応援していたけれどネ……」
「マニピュレーション」とは、「歪(ゆが)んだ人心操作」なんて訳せるでしょうか。昔からドイツでは、メディアの不自然な報道姿勢(マニピュレーション・コンテンツ)に対して、別の媒体がカウンター・キャンペーンを張ることも珍しくはありません。マスメディアの中に、歴史に支えられた「自浄作用」があるのですが、さて日本の場合は……。
とはいっても、メディアが発信する「コンテンツ」を評価・判断するのは、あくまでも生活者の方々だという大原則は、だれにも変えることはできません。要は「『真実』を歪曲(わいきょく)するような報道コンテンツを発信するメディアは、自分で自分のクビを締めている」ということです。もちろんその逆説的な意味で、視聴率や販売部数、はたまたアクセス数などで示される、各メディアに対する(影響力の!?)評価基準は、生活者の(哲学的な)レベルを推し量る評価基準でもある、ということも言えますがね。
優れた報道の中に混在する「子供服のようなコンテンツ」。まあこれも、自然淘汰(とうた)が解決する現象だということでしょう
「良かったと思いますよ……ボクは。まあ、あそこでフリーキックを決めていたら(前半終了間際に三都主が放ったポスト直撃のFK)、三都主の起用は大正解だったっていうことになるんでしょうから……」
ワールドカップ後、トルコ戦での先発メンバー変更について、戸田がインタビューにそう答えていました。フムフム……。選手たちも「結果で内容が決まってしまう」という日本のマスメディアの傾向をよく分かっているじゃありませんか。
■「私は、インターネットに大いなる期待を寄せています」
さて、私の活動における基本的な発想は、生活者に対してさまざまな情報を発信することで、なるべく多くの方々がサッカーに対して興味をもち、語り合うようになるということです。高飛車な(高慢な)表現に聞こえるかもしれませんが、それでも、評価者は生活者ですからね。
もっと言えば、私も含めたマスメディア・コンテンツに対する具体的な評価基準は、受ける側(評価する側の)「ナルホド回数」なんて思っているのです。だからこそ私は、インターネットという、まったく新しい「双方向のコミュニケーション装置」を中心に活動を続けているんですよ。何といっても、直接的な反応が、素早くリターンされてきますからね。
私は、インターネットに大いなる期待を寄せています。その機能性がさらに発展すれば、「唯一の情報供給者(情報独占者)」という意識が強かった従来マスメディアの基本的な発想も、これまでの「枠組みビジネス(一方通行)」的なものから、生活者によってもっとシビアに選別される「コンテンツビジネス(双方向)」へとおのずと変化していくはず。
まあ、まだ時間はかかるでしょうがね。
私は、これまで「サイレント・マジョリティー」と呼ばれていた生活者の人々が、確実に「ノイジー・マジョリティー」へと変化していると実感しています。
今、日本社会は、大きな「変化の潮流」の中にあると思っているのです。枠組みが崩れつつある政治にしても、国際的な大競争にさらされている経済にしても、その傾向が如実に読み取れるじゃありませんか。
変化こそ常態。諸行無常。それは、社会や人生における普遍的な概念です。私は、「インターネットが、情報環境の一大変化を担う旗手だ」と思っているのです。まださまざまな課題を抱えているとはいえ、何といっても、それによって生活者自身が情報発信手段を手に入れつつあるのですからね。
■「社会の進歩によって自然と淘汰されていく」
ところでワールドカップ期間中は、ドイツだけではなく、フランスやイングランド、はたまたイタリアやブラジルのジャーナリスト連中ともいろいろな話をしましたよ。打てば響くリアクション。いや面白かった。
もちろん意見の違いはありますが、それもおいしい食卓のおかずなのです。
“I understand. But I don't agree”――オマエの考えは分かるよ。でもオレは同意できないな……といったディスカッションの中に、「なぜそう思うのか」というキチンとした根拠を述べるのです。もちろん、互いに相手の意見を尊重するという雰囲気がベースです。まあ、「説得力のぶつかり合い」とも表現できそうですが、それこそまさに、本物のディベートというわけです。
サッカーは、正解のないボールゲーム。さまざまな現象についての分析や視点は千差万別です。だからこそ面白い。もちろん中には、分析の「目的」が歪んでしまい、感情が先行した論説も目に付きますが、でもまあそれも、社会の進歩によって自然と淘汰されていくに違いありません。
とにかく私は、これからも、サッカーという社会的な現象を、先入観にとらわれることなく、さまざまな視点で、「自由」に、そしてとことん楽しもうと思っています。
■湯浅健二/Kenji YUASA
1952年生まれ。北海道出身。神奈川県立湘南高校卒業。武蔵工業大学卒業後、1977年にドイツへサッカー留学。国家試験およびドイツサッカー協会公認試験に合格し、ドイツサッカー協会から、NO.870の「スペシャル・ライセンス(プロサッカーコーチライセンス)」を取得。同時に国立ケルン体育大学の専門課程(サッカー)を修了した。1982年、読売サッカークラブ(現・東京ヴェルディ)と専属コーチ契約。翌年よりトップチームのコーチも務めた。著書に『闘うサッカー理論』(三交社)『サッカー劇場へようこそ』(日刊スポーツ出版社)『5秒間のドラマ』(ゼスト)『サッカー監督という仕事』(新潮社)などがある
※編集部からお知らせ
短期連載『メディアはW杯をどう伝えたか』は、今回で終了です。来週8月21日には、連載を締めくくる宇都宮徹壱のコラムを掲載します。お楽しみに。
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