日韓の歴史的決勝戦の感動と次回大会への課題
第2回WBC総括
魂を揺さぶられるような試合だった。熱狂。絶叫。歓喜。5万4846人が詰め掛けたスタンドはもちろん、普段はプロフェッショナルのたしなみとして感情を押し殺して見つめているような記者席のアメリカ人ジャーナリストたちさえも、明らかに興奮していた。「グレートゲーム」という言葉が、何度も飛び交った。
■歴史に残る名勝負だった決勝戦
日米両国で球史に名を刻むイチローが勝負を決めるタイムリーを放ち、最後のマウンドではイラン人の父親を持つダルビッシュ有が締める。その試合には、これからメジャーを舞台にアメリカで長く活躍することになるはずの韓国の秋信守も5回に同点の本塁打で盛り上げた。第2回WBCのフィナーレは、野球というスポーツの持つ面白さが存分に発揮されたばかりでなく、この大会の持つ真の存在意味を改めて確認するような試合でもあった。
この試合と前後して、メジャーリーグのバド・セリグ・コミッショナーは「今大会は大成功だった」と語り、その2日後には主催者が発言を裏付けるように、前回大会に比べて約6万人の観客動員アップ、スポンサー数の約2倍増、テレビ視聴率のアップを発表した。また、大会中には非公式ながら、2013年に開催予定の第3回大会にはチェコ、ドイツなどの欧州勢、コロンビア、ニカラグアなどの中米勢を加え、参加国を現在の16カ国から24カ国にスケールアップするプランも明らかにされた。
■集客や代表選手招集をめぐる不協和音など課題は多く
こうしたビジネスの成功、将来の構想は、残念ながら額面通りには受け取れない。実際、トロントの1次ラウンドからロサンゼルスの決勝まで取材している間に、WBCの明るい展望よりも、第3回大会の開催を危ぶむ悲観的な声を数多く聞いた。
スタンドは不入りが目に付いた。主催者発表の動員数を支えたのは、東京ラウンドの盛り上がりと、決勝ラウンドにおける在米邦人と韓国人といっていい。確かに、トロント・ラウンドの初戦、アメリカ対カナダ戦には約4万2000人が押しかけたが、その後はサッパリ。1万人を超えるのがやっとの状態が続いた。また、サンディエゴ・ラウンドでは決勝ラウンド進出を懸けた日本対キューバ戦は、1万人にも満たなかった。それが、実態だった。
テレビをオンにすれば、マーチ・マッドネス(3月の熱狂)と呼ばれ、この季節の風物詩ともいえるバスケットボールの全米大学選手権がスポーツ中継の主役を務め、野球の話題といえば、WBCよりもオープン戦における地元チームやスターの動向が優先される。この状態は、前回大会のときとまったく変わることがなかった。むしろ、大きく変わったのは、スター選手を送り出した球団の代表チームへの不満が噴出したことだ。故障、起用法などに対しての露骨なまでの抗議。逆に、追加招集する際のメジャーリーグ側の不手際に対する選手の怒り。肝心のメジャーリーグ内部で不協和音が目立ったのはどういうことなのだろうか。
主催者がこの大会を成功と位置づけるとするなら、それは日本と韓国が見せた素晴らしいアジア野球のたまものだ。決勝ラウンドで見せたキメの細かい基本に忠実な野球は南北アメリカ野球を倒し、決勝では後世に残るような名勝負を生んだ。世界の野球勢力地図は確実に変わりつつある。それを実感させた大会。だからこそ、第3回大会が見たい。その実現には、真の目的であるワールドワイドな野球振興を第一に考えた関係者の豊かな発想と、堅固な協力体制の構築が必要なのだ。
<了>
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出村義和スポーツジャーナリスト。長年ニューヨークを拠点にMLBの現場を取材。2005年8月にベースを日本に移し、雑誌、新聞などに執筆。著書に『英語で聞いてみるかベースボール』、『メジャーリーガーズ』他。06年から08年まで、「スカパー!MLBライブ」でワールドシリーズ現地中継を含め、約300試合を解説。09年6月からはJ SPORTSのMLB実況中継の解説を務めている |






