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中島裕之、ヤンキース入り断念の理由と1年後の可能性 (1/2)
■ヤンキースとの契約交渉は破談に
現状維持の推定年俸2億8000万円、1年契約で更改し、西武ドーム内の会見場に現れた中島裕之はどこかすっきりとした表情をしていた。カメラのフラッシュライトを浴びながら、時折、天真らんまんな笑顔をこぼして報道陣に対応した。
「気持ちは切り替わっているというか。ニューヨークに行って契約はまとまらなかったけど、向こうまで行っていたので『しゃあない』という思いです。このオフは隠れていたので、旅行に行けて良かったと思います(笑)」
ポスティングシステムで入札したニューヨーク・ヤンキースとの交渉を合意に至らせるべく、中島は1月5日の午前中に当地へ飛び立った。代理人のグレグ・ゲンスキー氏と最後の打ち合わせ、そして契約内容の確認をするためだったが、中島がニューヨークに到着した約3時間後、ヤンキースは契約に至らなかったと発表する。
中島はそれから数日をアメリカで過ごし、9日に帰国した。「ニューヨークでは代理人とご飯を食べたり、観光名所に連れていってもらいました。落ち込んでいると思ってやってもらったんやろうけど、僕は何ともなかったですね(笑)」
■「控えでの複数年契約」という条件に……
中島とヤンキースの契約がまとまらなかったのは、金銭面の食い違いではない。報道では年俸80万ドル(約6200万円)や100万ドル(約7700万円)と言われていたが、それを上回る金額を提示されたという。それでも破談となってしまったのは、契約内容の問題だった。
「金額はなんぼでも良かったんですけど、その他の内容というか……。試合にあまり出られないところが大きいかな、と。1年くらいなら勉強のつもりで何でも吸収したいなと思っていたんですけどね。相手に言われた契約で(13年以降も)やらないといけない条件だったので。(入団2年目以降について)交渉もすることができない。代理人と話して、難しい内容と言われました」
すでに報じられているように、ヤンキースは内野手のデレク・ジーターやアレックス・ロドリゲスの控えとして中島を獲得しようとした。2000年ドラフト5位から日本球界のスターに成り上がった男が、果たしてそんな条件をのめるのだろうか。
「その人らがプレーしているのを、(同じフィールドから)一緒に見ることはできない。一緒に練習したくても、(なかなか)できないようなチームやな、と。バックアップでもいいかなという気持ちでした」
おそらく1年契約であれば、中島はヤンキースの提示した条件をのんでいただろう。超一流の姿を肌で感じ、学んで、2年目以降は他チームに移籍してレギュラー争いに挑むというシナリオもあったかもしれない。中島はそれほど強い決意でアメリカに渡ろうとしていたし、自らの腕に自信もあったはずだ。
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