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背番号14 投手
小宮山 悟(コミヤマ サトル) |
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| 【共同】 |
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1965年9月15日生まれ
千葉県出身
183センチ、83キロ
右投げ右打ち
芝浦工大柏高−早大−ロッテ(90〜99年)−横浜(00、01年)−メッツ(02年)−ロッテ(04年〜)
千葉ロッテ89年 ドラフト1位
タイトル歴 最優秀防御率=97年 |
■プロフィール
芝浦工大柏高では甲子園経験はなし。2浪して一般受験で早大に入学。大学で頭角を現し、エースとして通算20勝10敗、防御率1.85の好成績を収めた。野茂や潮崎、古田らで注目を集めた1989年のドラフト会議でロッテに1位指名を受けた。
プロ1年目から即戦力として先発ローテーション入りを果たし、6勝を挙げ、防御率もリーグ4位と活躍。93年には、開幕から6連続完投勝利という日本新記録を樹立した。94年は右ヒジ痛に悩まされ苦しんだが、翌95年にはバレンタイン監督の下、ロッテの10年ぶりAクラス入り(2位)の原動力となった。
97年には最優秀防御率のタイトルを獲得するなど、ロッテの押しも押されぬエースとして長年に渡り活躍した。99年にFA権を取得したが、ロッテから解雇通告を受け、横浜に移籍。2年間の在籍中、01年には通算100勝、2000投球回を達成した。
02年、長年の夢であったメジャーでの登板を叶えるためにFA宣言し、ロッテ時代の恩師でもあるバレンタイン監督が率いるメッツに入団。開幕時からベンチ入りを果たしたが、すべて中継ぎとしての登板で0勝3敗と、成績は振るわなかった。1年でメジャー生活は絶たれ、再び活躍の場を求めたが、1年間の浪人生活の間は、母校・早大で後輩を指導などして過ごした。
04年、5年ぶりに古巣・千葉ロッテに復帰。「精密機械」とまで呼ばれる抜群の制球力を武器に、多彩な変化球を駆使するピッチングは、楽天・紀藤とともにパ・リーグ最年長投手として、40歳になる今季も健在。この春のキャンプでも80キロ台後半の球速で、ゆらゆらと落ちるように変化する「シェイク」を開発するなど、研究に余念がない。球界屈指のタフでクレバーな投手は、三度、バレンタイン監督の下で復活にかける。
| ■通算成績(04年まで) |
| 年度 |
所属 |
試合数 |
勝 |
負 |
S |
投球回 |
奪三振 |
防御率 |
| 90 |
ロッテ |
30 |
6 |
10 |
2 |
170.2 |
126 |
3.27 |
| 91 |
ロッテ |
29 |
10 |
16 |
0 |
212.0 |
130 |
3.95 |
| 92 |
ロッテ |
29 |
8 |
15 |
0 |
172.2 |
124 |
3.96 |
| 93 |
ロッテ |
27 |
12 |
14 |
0 |
204.1 |
160 |
3.44 |
| 94 |
ロッテ |
14 |
3 |
9 |
0 |
85.0 |
67 |
4.24 |
| 95 |
ロッテ |
25 |
11 |
4 |
0 |
187.0 |
169 |
2.60 |
| 96 |
ロッテ |
25 |
8 |
13 |
0 |
154.2 |
90 |
4.54 |
| 97 |
ロッテ |
27 |
11 |
9 |
0 |
187.2 |
130 |
2.49 |
| 98 |
ロッテ |
27 |
11 |
12 |
0 |
201.2 |
126 |
3.57 |
| 99 |
ロッテ |
21 |
7 |
10 |
0 |
141.2 |
96 |
4.07 |
| 00 |
横浜 |
26 |
8 |
11 |
0 |
161.1 |
108 |
3.96 |
| 01 |
横浜 |
24 |
12 |
9 |
0 |
148.2 |
74 |
3.03 |
| 02 |
メッツ |
25 |
0 |
3 |
0 |
43.1 |
33 |
5.61 |
| 04 |
ロッテ |
18 |
3 |
4 |
0 |
81.0 |
47 |
5.22 |
| 通算 |
MLB |
25 |
0 |
3 |
0 |
43.1 |
33 |
5.61 |
| 通算 |
日本 |
322 |
110 |
136 |
2 |
2108.1 |
1447 |
3.61 |
|
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