3000本安打達成のイチロー、その先にあるものは? (1/2)
■張本以来、二人目の快挙
シアトル・マリナーズのイチローが7月30日(日本時間)、レンジャーズ戦の第1打席でレフト前ヒットを放ち、日米通算3000安打を達成した。
プロ野球において、かつて3000安打をクリアしているのは、3085安打の張本勲氏(元東映など)しかいない。2位は2901安打の野村克也氏(現東北楽天監督)であり、イチローは日米通算ではあるが、史上二人目の快挙を達成したことになる。
同じ3000安打でも、張本は引退1年前の22年目で達成したのに対して、イチローは17年目で達成。これだけの偉業を、張本より5年も速くに到達できた背景は、メジャー移籍という異なる環境でのプレーと打撃性向の違いが大きい。
広角に打ち分けることから「スプレー打法」と呼ばれた張本だが、通算3085安打はプロ入りした1959年以降、実働23年で達成されたものだ。首位打者は7度獲得したが、最多安打タイトルは3回のみ。シーズン200安打はもちろん一度も経験がない。年平均安打数は134安打にすぎず、これは張本が活躍した60年代、70年代のプロ野球がおおむね130試合から140試合制と試合数が少なかったことが大きい。
また、張本は、プロ野球史上7位タイの504本塁打を放っている。入団当時、「左の長嶋茂雄」と呼ばれ、「史上最年少の4番打者」の触れ込みでキャリアをスタート。初年度からクリーンアップを打ち、最多安打を意識する選手ではなかった。ともかく、張本勲の打撃の特徴は、プロ野球史上最多の安打を放ちながら、長打力をも併せ持ったことである。
■メジャーでは安打量産に徹底したイチロー
一方のイチローは、オリックス時代94年にレギュラーを獲得し210安打を放ったときの打順は1番。打点王に輝いたり、故仰木彬監督の発案で4番を任された時期もあるにはあったが、やはりイチローの定位置は、打席数の多くなる1番打者である。
さらに2001年以降、活躍の場をメジャーへ移したことが大きく、イチローの年平均の安打数は、日本時代9年間で142安打に対して、メジャーでは227安打(07年までの7年間)。海を渡って以降、実に1.6倍も多い計算になる。1994年にレギュラーに定着した年から計算しても、日本では年平均177安打にとどまっている。
メジャーは古くからシーズン162試合制を敷き、日本のプロ野球に比べて試合数が多い点が、早い3000安打の達成を可能にしたことになるが、もちろん、史上たぐいまれなバットコントロールが、達成を早めたことは言うまでもない。イチローは2004年にシーズン262安打という、メジャー史をひっくり返す新記録を打ち立てたばかりか、連続した7年(01年から07年)における通算安打数では、メジャー史上1位を記録している。
本塁打については、昨季までで日米通算185本。長打率4割7分3厘は、張本勲の5割3分4厘と大きな開きが存在するものの、これは逆の見方をすれば、一発を封印し打順に見合う安打量産工場に徹してきた、という解釈が成り立つだろう。
・【特集】イチロー3000安打達成への軌跡 (2008/7/28)






