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4月3日の試合結果
決勝
広陵
(広島)
15−3
横浜
(神奈川)
結果



■広陵が3度目の優勝 選抜高校野球決勝

第75回選抜高校野球閉会式で、優勝旗を受け取る広陵の藤田真弘主将=3日午後、甲子園球場【共同】
 やわらかな日差しの下、春の甲子園大会は広陵(広島)が12年ぶり3度目の優勝を果たした。

 第75回選抜高校野球大会は3日、兵庫県西宮市の甲子園球場で決勝戦を行い、古豪の広陵が15−3で横浜(神奈川)に大勝した。決勝での15得点は第54回大会のPL学園(大阪)と並ぶ最多タイ。広島県勢の選抜大会優勝は5度目。

 今大会は導入3年目の「21世紀枠」で選出の2校と、新設の「希望枠」の1校を含む34校が参加。11日間の日程は雨と、準々決勝1試合が引き分けて再試合を実施したため、2日間延びた。






決勝 広陵 15−3 横浜

校 名
広  陵 15
横  浜


(広)西村−白浜
(横)涌井、成瀬−村田
【本】藤田(広)



■広陵、12年ぶり3度目V 横浜を投打で圧倒

横浜―広陵 1回表広陵1死三塁、藤田が右越えに先制の2ランホーマーを放つ。投手涌井=甲子園【共同】
 第75回選抜高校野球大会最終日は3日、甲子園球場で決勝を行い、広陵(広島)が横浜(神奈川)に15−3で大勝し、1991年の第63回大会以来12年ぶり3度目の優勝を飾った。決勝での15得点は、82年の第54回大会のPL学園(大阪)と並ぶ大会最多記録。

 広陵は一回に藤田の右越え本塁打で2点を先制。その後も長打攻勢で着々と加点し、20安打の猛攻。西村は要所を抑え、3失点で完投した。両チーム合計29安打、18得点は、ともに決勝での大会最多記録を塗り替えた。

 広陵は3回戦で好投手小嶋を擁する遊学館(石川)に6−0で快勝し、準決勝では東洋大姫路(兵庫)の好投手アンを攻略。安定した力で紫紺の優勝旗を手にした。

 横浜は夏春連覇を目指した明徳義塾(高知)を3回戦で延長の末破るなど、高い総合力で勝ち上がった。だが決勝では大会初先発の涌井、けがで先発を回避したエースの成瀬がともに打ち込まれ、春夏連覇の98年以来の優勝はならなかった。横浜が決勝で敗れたのは、春夏通算5度目の進出で初めて。


■速球へのこだわり捨て好投 広陵のエース・西村

 決勝戦の広陵のマウンドには、初戦とは全く違う西村がいた。三振はたった2。速球が自慢の本格派右腕が、打たせて取る投球に徹して完投。3季連続してエースとして臨んだ甲子園でようやく頂点に立ち、両腕をつきあげた。

 「目標は全国制覇。チームが勝つことが大事で自分のピッチングはその次」と目が覚めたのは初戦の旭川実戦の後だ。前日投げた徳島商の平岡を意識してスピードを出そうと力み、毎回のように走者を出した。中井監督からこっぴどくしかられ、自分から白浜捕手に「もうスピードにこだわらないから」と頭を下げた。3回戦、力を8割程度に抑えてコースを丁寧に投げ分け、強打の遊学館を完封。「遊学館戦があったからここまでこれた」と振り返った。

 決勝では1回に3連打で1点を失ったが「たたきつけられても、バックを信じて打たせていこうと思った」という。内野ゴロの山を築き、横浜の反撃を3点にしのいだ。

 5試合をほぼ一人で投げ抜き、失点は7。それでも「野手がよく守ってくれたおかげ」と感謝の言葉を忘れない。一皮むけたエースは「夏も甲子園で優勝したい」と高らかに宣言した。   


■夢の舞台で頑張った 広陵・中井哲之監督の話

 広陵・中井哲之監督の話 思わぬ試合展開になった。選手たちは夢の舞台で自分たちを信じてよく頑張ってくれた。前回の優勝のときとは全く違う感慨で、わたしもようやく監督らしくなれたのかなと思う。うれしくて涙が止まらない。


■成瀬を投げさせれば… 横浜・渡辺元智監督の話

 横浜・渡辺元智監督の話 ここまで点を取られるなら、最初から成瀬を投げさせればよかったと反省している。選手はよくやってくれたが、打力が劣っていた。ピストル打線と大砲との違いがはっきり出た。春の屈辱をバネに夏へつなげたい。


■これほどの大差とは 横浜大敗に野球の怖さ

 実際のところ、15−3というスコアには参ったという感がある。この顔合わせが決まってから、いろいろな展開を描いてみたがこれほどの大差は予測の中にはなかった。本当の力量はもっと拮抗(きっこう)していたはずである。

 広陵は20安打を放った。とくに上位打者の活躍がひときわ目立ち、トップの上本から片山、藤田の3人で横浜の投手を打ち倒したとみていい。準決勝の東洋大姫路戦でも快打を飛ばした勢いを決勝戦まで持ち込んでいた。

 ことしも横浜はうまい試合運びで勝ち進んできた。しっかり訓練され、それも高度な能力を求められるプレーを随所に示していた。さすが横浜、と思わせる場面が何度もあった。最後になっての大敗は屈辱的なものになったが、ちょっとしたはずみで崩れる野球の怖さも知り、夏に向けてのいい教訓を得た。

 それにしても、これほどまで打ちのめされる横浜の姿を見るとは思わなかった。これも忘れられない決勝戦のひとつになりそうである。


■成瀬温存が裏目に 横浜、屈辱の大敗

 4回までに試合の大勢は決まってしまった。横浜は今大会初先発の涌井が広陵打線に打ち崩され、6失点。「甲子園で投げることを少し甘く見ていたところがあったと思う。降板するときには、成瀬さんに謝るだけでした」。涌井は淡々とした口調で悔しさを押し殺した。

 左手人さし指のつめを割った成瀬を温存し、これまで救援で好投していた2年生の本格派右腕に渡辺監督はかけた。難しい決断だっただろうが、これが裏目に。渡辺監督は「涌井の球が広陵打線と合ってしまった。こうして打たれるなら、最初から成瀬を先発させていれば良かった」と思わず後悔の言葉を漏らした。

 一度相手に傾いた流れは最後まで止まらない。打線は9安打を放ったが、連打が出たのは1回と9回だけ。得意のバントや盗塁で相手投手を揺さぶることもできず、なすすべがない完敗だった。

 横浜はもともと厳しい練習の積み重ねで、ここまではい上がってきた。「選手は大会を通じて目に見えない何かを身につけてくれた。春の屈辱をバネに、夏につなげてほしい」。渡辺監督はナインのさらなる成長を期待して、甲子園を去った。
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【共同通信社】



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